路上の快楽物件

 小学校就学前、母はまだ普通免許を取得しておらず、どこにいくにもバスだった。当時まだこの辺も「一人一台自家用車」という感じではなく、バスの便も良かったので、特に我が家に限ったことではなかった。
 あまりにもボサーとした幼児だった我が子に母が危惧したのか、単なる暇つぶしだったのかは分からないが、バスや自家用車の中で母が編み出した遊びがあった。看板クイズである。
母「●●デパートってどこに書いてある〜?」
私「(きょろきょろ)あ、あそこの電信柱ー!」
 という風に、走行中や停車中に、看板や広告、ポスターを探させる他愛もない遊びだが、見つけられないと悔しくて随分と燃えた。
 もともと本の虫だったので結構漢字を読める方だったので苦にはならなかった。
 ボサーとしているのはあの頃から改善されていないが、おかげで随分と動体視力は上がった。自動車を運転するようになるまで役には立たなかったが、転がすようになってからは、案内表示や目印を素早く見つけることが出来て便利ではある。
 そしてもう一つ、路上にある諸々の標示物が好きで好きでたまらなくなった。母のちょっとした遊びのおかげで、フェチ野郎が一丁あがりというワケだ。
 小学校の頃はちょっと変態じみている程かと思っていたのだが、長じて「路上観察」という言葉と、同好の士が少なからずいることに大いに胸をなで下ろしたものだ。
 今回はそんなことを思い出しながら、「私が愛した(そして今も愛している)路上の物達とその周辺」をのんべんだらりと語っていきたい。
★マーク、そして標識

 子どもの頃から、商標や諸々の「マーク」、意匠が好きだった。
 今でこそ企業のマークは味気の少ない「ロゴマーク」が主流になってしまったが、昔はイラストや独特のレタリング(「フォント」では実現できない味があった)を上手く活かしたシンプルなデザインが多かった。
 優れたマークデザインは見ただけで訴えるものがある。子どもにも分かる。そのマークの美に目覚めた私が幼稚園の頃にハマったもの。
 それが道路標識だった。
 祖母の家に行くと、道路標識一覧表(自動車安全教本などに付属している折り込みのもの)を何時間でも眺めて飽きることがなかった。いや、明らかにアドレナリンが出まくっていた。
 こう書くと我ながら変態幼児のようだが事実である。
 行く度にそればかり見ていたのでほぼ全部を暗記してしまい、小3の頃に母が普通免許取得に挑む時にはすっかり指導者の立場になっていた。懐かしい想い出である。
私の今でも一番好きな標識がこれだ。
自転車以外の軽車両通行止め」である。
このリヤカーの絵が本当にたまらなく好きなのだが、いかんせん時代が時代だけにお目にかかったことがない。
 そのレアさ加減が相まって、今でも私の心を掻き回すブツの一つである。
 たまらないと言えばこれもたまらない。
 (段々読者のヒキを感じるが気のせいだと思わせていただく)
 「軌道敷内通行可」の標識。
 これも、路面電車のある都市のごく一部にしかない標識。
 路面電車など遙か異国の楽しそうな乗り物としか思えない山形県民の子どもには目の毒と言っていいほどの標識である。
 普通の線路でこんな状況になったらもう一大事であり、路面電車を知らない身には妙な緊迫感を感じさせる。左タイヤが線路をはみ出している妙な不安定感と、車がヤンチャしているようなそこはかとない楽しさまで感じさせる(私だけに)。

 これは単なる「踏切あり(SL用)」だが、この機関車が妙に楽しそうで大好きだった。
 「きかんしゃやえもん」とか「ジムボタン」が潜在意識にあってのことだろう。(トーマスはおろか999もまだなかった。年がバレる。)

(標識画像は全て愛知県トラック協会のサイトより)


★ブリキ看板の誘惑

 市街地には少ない路上観察の楽しみ、それが地方の家屋に打ち付けられた「ブリキ看板」「ホーロー看板」である。今でもちょっと田舎に入れば、「オロナミンC」や「アース蚊取り」「ボンカレー」などの物件を見つけることが出来る。
 地元の業者(特に酒や味噌・醤油)のものも多く、他県にドライブするときの大きな楽しみの一つである。
 これもはまったきっかけは、母の実家(農家)の近くに結構物件が残っていたからである。
 それも昔(昭和20〜30年代)のものがもっとも楽しく、面白い。メーカーの標記が違うものなどは特にエキサイティングで、
「カンコー学生服は『菅公学生服』と書く」「ジャノメミシンは『蛇の目』と表記されていた」ことを知ったときなどは、もう幼児の分際でどうにかなってしまいそうな心持ちだった。
 また、「トヨタ洗濯機」などの、今ではとうに撤退した商品の展開なども知ることが出来て、生活史を考える上でも興味は尽きない。
 ブリキ看板はコレクターも多い。
 私も看板愛好者として一枚くらい欲しいような気もするが、ちょっと冷静になってみると、サビサビのブリキ看板が部屋に何枚もある様子は何だかしっくり来ない。やはり外から、道中に眺めて愛でてナンボなのではないかという気もして未だ入手に踏み切れていない。(もし改築や仕事場などで持て余している方がいらっしゃったらご連絡下さい)
 観察していると、時々新しいものが出ているときもあるが、アコム・プロミスなどの貸金業の物件ばかりのようだ。消えゆくのみのメディアだから、写真に撮影してデータとして残しておこうかと考えている。
 ちなみに、コレクターサイトを探してみたら、素晴らしいサイト(れとろ看板写真館)を発見。物件の数々を眺めて恍惚の彼岸に逝ってしまった。(ここで挙げている看板は全てここでチェックできます)
 自宅近くの陸橋の側の家には、今でも「旭ツバメ学生服」そして「忠臣服(もの凄いネーミングだが学生服だ)」の看板が見られる。私に「酒田に住んでもいいか」と思わせた大きな要因(と知ったら相方はどう思うか)の一つである。
★消火栓

 とどめの物件がこれ。
 あの赤いキュートな形に心惹かれてはいたのだが、父の実家近くのレトロなもの(今度帰省したら写真撮ってきます)を発見するに至って一気にハマった。
 最近では路上に立つタイプの消火栓が少なくなって残念。
 消火栓の数々の写真は「私家版 路上観察」のホームページに詳しいです。

 次点物件として、ポストも外せない。
 やはり円筒状の昔風のが一番。昔は青いポスト(数は少なかった)もあったが、もう見かけないな。
 昭和40年頃の意匠・マークについてはまたいずれ稿を改めて・・・