わたしはもう家にはかえれぬのだ。 そうだ、かえることはゆるされぬことだ。
私は愛も真実も受ける資格はないのだ。
愛を受ける資格はないが、あたえることはゆるされる。
ジョージ秋山「デロリンマン」/デロリンマン


この世でいちばんの敵は何か それは愛である
その親子は愛の奴隷である デロリンマン おまえもだ!!
ジョージ秋山「デロリンマン」/オロカメン



アメリカ……あんたって……なぜこんなアッタマくるぐらいに……
不公平なの……
真刈信二・中山昌亮「オフィス北極星」1/サム
 #ロングアイランドの大豪邸街を調査しながらの一言。

なんでヨシオおにいさんてば 自分のこと
「ゴミ」とか「捨てられる」とかゆーの?
誰の「モノ」でもないのに。
んだから誰にも捨てらんないしィ、「いらねーゴミ」とか誰かに言われたってさ
「オメーの」じゃねーやバーカッ
って思えばいーじゃんっ
永野のりこ「GOD SAVE THE すげこまくん!」11/えむ子
 #ロボット=「モノ」であるえむ子が語りかけるシーンは、しみます…



新一 「ある日道で……道で出会って知り合いになった生き物が、ふと見ると死んでいた
    そんな時 何で悲しくなるんだろう」
ミギー「そりゃ人間がそれだけヒマな動物だからさ
    だがな それこそが人間の 最大の取り柄なんだ
    心に余裕(ヒマ)がある生物 なんとすばらしい!!」
岩明均「寄生獣」10巻


話しかけてくる 樹々の花よ
あれは赤い花 赤い花 孤独じゃない
友達もいるし 親兄弟もいるし
いざとなったときは 神様もいるし
戸川純作詞「赤い花の満開の下」(YAPOOS「HYS」収録)

俺は……クズだったしよ……
親父はいつもそう言ってた。おふくろも…それから他のいろんな奴らも。
だから俺も奴らが嫌いだった それっきゃ知らねえんだもんな。
だけど奴(ジェームズ)は変な奴で、飛び込んできた奴とはみんなうまくやりたがるんだ。相手がスズメでもクズでも知ったこっちゃねえ。見分けがつかねえのかもしれねえな。
とにかく最初に会ったとき−−
奴は俺にやあって言った、ふつうの感じでさ。
弁護士さん、今ここに紙クズが投げ込まれたとして、奴がそのクズに挨拶するとこを考えてみなよ!
くそまじめな顔で やあってな。
クズだって、飛び上がって人間にならねえわけにはいかねえぜ!
獣木野生 パームシリーズ「星の歴史」:ボアズ・ウルマン


経験とは、厳しい先生だ。
テストを先にやって、それからレッスンだもの。
バーノン・ロー


…………一つだけ言っとく!
自分を虫ケラだと思って、そこから這い上がろうとする奴は、虫ケラとは言わない!
それは人間だ。
勝鹿北星・浦沢直樹「MASTERキートン」2 「狩人の季節」/ジェームズ・ウルフ



モノを食べるときはね、誰にも邪魔されず 自由で、何というか救われてなけりゃあダメなんだ。一人で静かで豊かで・・・
久住昌之/谷口ジロー「孤独のグルメ」
 
世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?
吉野弘「生命は」
誰かを崇拝しすぎると、ほんとうの自由は、得られないんだよ。
トーベ・ヤンソン「ムーミン谷の仲間たち」/スナフキン」
 

なすべき仕事をたくさん持っていない限り、怠惰を楽しむことはできない。
J.K.ジェローム
 

革命は、成功するまではすべて失敗の連続である。
ローザ・ルクセンブルグ
 

卑怯に見えるか、卑怯であるのが必要な時に、それができないのは、本当に勇気のあるものではない。
エドガー・アラン・ポー「マルジナリア」
 

人間のオカシサを、自分のオカシサとして語れる人を、ユーモリストという。
天野祐吉「バカだなァ」
 

教師はすべてを知っているのではなくて、むしろ知らない部分についての、より多くの自覚を持っている者なのである。
田中美知太郎「学問論」
 
幸福はコークスのようなもの。別の物を作っているとき副産物として手に入るものである。
A.ハクスリー「恋愛対位法」
 

未知のことばかりでした。でも、全部、自分で判断してきめました。そして、なにひとつとして、いままでどおりのやりかたではやりませんでした。わたしは、すこぶる幸せでした。
トーベ・ヤンソン「ムーミンパパの冒険」
 

冗談じゃない!!いいか、この世の中にはなあ、ギャグにしちゃいけないことなんか一つも存在しないのだ!!わかったか!!
こんなに早く連載の打ち切りが決まれば、それをまたギャグにするのが・・・ギャグ漫画のキャラクターの心意気ってもんだ、覚えとけ!!
とり・みき「てりぶる少年団」/天本博士
 
いや、何となくかっこよかったもので・・・
 

長い年月をかけても/多くの犠牲をはらっても/いつか ある日 ききとどけられる/おなじ苦しみが 悲しみが 恐怖が 絶望的に くりかえされるように見えても/祈りは ききとどけられる/だって人は/“祈る方向”に 顔を向けるから
永野のりこ「電波オデッセイ」/甲野先生
 
原;『けどさあ、どうにもなんないことを抱えたまんま 怪物になることもままならぬとなると、なんつーかもうキホン的に、ここは辛い世界なんじゃないかって気ィしてるんですけどね』
オデッセイ;『そうだね。ならば、どうにもならないようなことは
「任せた」ことにすればいい。
原;『誰に?』
オデッセイ;『僕にでもなんにでも。 そうしてきみは どうにかできることを どうにかすればいいんだ。本当に心から願うこと 望むこと そのために きみができることを 任せたつもりで すればいい。 “どうにもならないこと”にとらわれて苦しむ以外のことを ここにいる間に できるかぎり』
同上
 
「死ね」だの 「失せろ」だの 「気にくわねー」だの 「出てけ」だの 「お前には居場所がない」だの 「チケットがない」だの 「入場お断り」だの!おまえらなんかに歓迎されなくったってなあっ!あたしがここに「いたい」って思やぁ 思えりゃソレが りっぱなチケットなんだよっ!!
同上/原
 
自滅の何がヤバイって 「させられる」かんじするところだよね。「自滅」なのにさ。
同上/原
 
よーしわかった!!百(万)歩ゆずって キタモリの妄想どーり「全世界全人類が おめーの自滅をおもしろがってる」としよう!! で!? なんだっておめーは そいつらを喜ばすようなことばっかしてンの? どーして おめーなんかの 自滅ごときが 世界のエンターテインメントなんだよーっ!!!
同上/原
 

友達?そんなんじゃない/二人でいるのに一人になれる/それは友達ではなく/親友と呼ぶんだから
安田弘之「ちひろ」
 

自由は山巓の空気に似ている。どちらも弱い者には耐えることが出来ない。
芥川龍之介「侏儒の言葉」
 

ある人間をにくむとすると、そのときわたしたちは、自分自身の中に巣くっている何かを、その人間の像の中で憎んでいるわけだ。自分自身の中にないものなんか、わたしたちを興奮させはしないもの。
ヘルマン・ヘッセ:「デミアン」
 

「これが最悪」などと言える間は、まだ実際のどん底なのではない。
シェイクスピア:「リア王」
 
でもどん底って感じになるんだよねえ。でもまあ、とりあえず知っとけ。思い出せれば役に立つでしょう。
 

幸福だけの幸福はパンばかりのようなものだ。食えはするが、ごちそうにはならない。むだなもの、無用なもの、よけいなもの、多すぎるもの、何の役にもたたないもの、それがわしは好きだ。
ヴィクトル・ユーゴー:「レ・ミゼラブル」/ジャン・バルジャン
 
私も好きだ。「ごちそうにはならない」というのが、上手い表現。
 

▼自らの経験を悔いることは、自らの発展をはばむことである。自らの経験を否定することは、自らの生命の唇に虚言を吐かせることである。それは取りも直さず魂を否定するに等しい。

▼しかし悲哀から数々の世界は作られた。子供が生まれるにも、星が生ずるにも、そこには苦痛がある。・・・(中略)・・・美しい肉体には快楽がある。しかし美しい魂には苦痛がある。

▼・・・(略)・・・こう言ってもよい、誰でも愛される価値がある、もっとも自分こそそうだと思い上がっている者は別だと。
オスカー・ワイルド「獄中記」
 ワイルドが、同性愛の罪状で投獄されていた間に書かれたこの本の章句には、独特の重みがある。特に、表現したい人は読んでほしい。
 

オロカモノめ!力のない正義は無意味なのだ!
ジョージ秋山:「デロリンマン」/オロカ面
 そうなのか?そうかもしれない・・・いや、しかし!
 激昂する中に同調を、同調する中に憤りを、同時に感じざるを得ないこの名セリフ・名キャラクターは、今なお読む者を揺さぶって、啓蒙し続けるのである。
 

火事場のクソ力!
ゆでたまご:「キン肉マン」/キン肉マン
 お恥ずかしい話だが、かつて高校受験の時にこの言葉を心の支えにしていたのだった。
 今が「火事場」と認識することで、「クソ力」が発動するはずだと信じて、部活とかもがんばれる気がしたのである。若かった。そういう納得ずくの努力は、嫌いではない。
 
自分でやります。そして最後に僕は満足して笑って死にます。
松本零士:「クイーンエメラルダス」/海野広
 笑って死ねる人生。心にハードボイルド入ってる人なら誰しも憧れる人生。それを自分で予告しきっちゃうのがいいじゃないの。しかし、人間もしかしたら、死ぬときにはみんなそんな心境になれるのかもしれないが、何しろ死んだことが無いので確かめようがない辺り、人生は捨てたもんじゃない。
 
がんばったけれどダメだったよ/犬でも連れて/かなわぬ夢もあるんだね/散歩に行こう
大槻ケンヂ「がんばったがダメ」(「アオヌマシズマ」所収;アンダーグラウンド・サーチライ名義)
 流行の歌にありがちな「願えば夢は叶う」「思っていれば恋は通じる」という強迫的なポジティブ・シンキングに共感できない。全力を尽くしても、叶わないことはあるんである。だから、叶ったものは貴重だし、叶わなくても仕方がないんである。
 「俺ってダメダメだあ」と思ったとき、この曲は「そういうことは、あって当たり前なんだよ〜。負け犬ってわけじゃないんだよ〜」と諭してくれる。結果、「ダメダメだが、それでいいのだ」と救われ、ああ、バカボンのパパが言ったことは誠に正しかった、と実感する次第なんである。名曲。
 
分子がブルーで/分母がハッピー/誰かが言ってたのは/正しいな
ムーンライダーズ「HAPPY/BLUE’95」(「ムーンライダーズの夜」所収)
 ハッピーが増えなくても、、ブルーがちょっと少なくなったら人生ちょっとはイイ感じ。座右の銘なんである。
 
悲しみよ/よう聞けよ/一行の詩/残せたら
山が燃え/沈んでも/生きたことに/なるだろう
ムーンライダーズ「黒いシェパード」(同上アルバム所収)
 何かを表現したり作ったりする人間で、この歌詞に励まされない人がいるだろうか?
 
「わが娘よ/はかなむな/人生つらけりゃ/お茶飲めよ」
筋肉少女帯「じーさんはいい塩梅」(「筋少の大水銀」所収)
 これまた名曲中の名曲。初めて聞いたときに目からウロコ。多分、ここでいう「お茶」は、緑茶以外の何者でもなかろう。
 
人間が人間であるための部品が決して少なくないように、自分が自分であるためには、驚くほど多くのものが必要なのよ。他人を隔てる顔、(中略)それら全てがあたしの一部であり、あたしという意識を生み出し、そして同時に、あたしをある限界に制約し続ける。
押井守監督「攻殻機動隊」/草薙素子
 これは、原作にはないセリフ。草薙少佐が義体(いわゆるサイボーグ、サイバーボディ)であることを踏まえないと正しい解釈が出来ないが、生身の人間の「存在」に言及していて、作中最も興味深いセリフ。
 
明日の勝利のため、今日の敗戦を認める。それが男だ。
松本零士「宇宙戦艦ヤマト」/沖田十三
 そう、「明日の自分は今日の自分よりも強い」!それが松本漫画の教えなのだ!
 さすが沖田艦長。いまわのきわのセリフだけが名セリフではないのだよ。
 
少年よ!君に青春の醍醐味を教えてやろう!それは歯の食いしばりと血のにじみだっ!!
島本和彦「炎の転校生」/伊吹のおやじ
 青春の努力とは、常にナルシスティックなものだ。歯を食いしばる自分。流血に負けず敵を睨む自分。その自分をイメージして、頑張れる。燃えられる。
 恥ずかしながら、大学受験時期の座右の銘(そんなんばっか)であった。
 
生活。よい仕事をしたあとで 一杯のお茶をすする お茶のあぶくに きれいな私の顔が いくつもいくつも 映っているのさ
なんとか、なる。
太宰治「晩年」
 最後の「なんとか、なる。」の言い切りが好きなフレーズ。
 
人生は何物にも値しない。----だが人生に値する何物も存しない。
アンドレ・マルロオ
 「人生なんて何の価値もない」。それだけ言ってる奴は、まだまだ。
 

男にはな、何をやってもダメという時がある。いいか台場、そういう時男はな、黙ってただ寝てればいいんだ。
松本零士「宇宙海賊キャプテンハーロック」/ハーロック
 このセリフがかっこいいのは、何もハーロックが言ったせいじゃない。
 「寝てるしかない」のと「寝てればいい」には、大きな違いがある。分かるね?
 
卑怯者ってのはね、きみが何をしたか、ってことじゃなく、きみが何を後悔してるか、ってことで決まるんだよ。
寺山修司「血は立ったまま眠っている」
 この言葉が胸に突き刺さらない人は少ないんじゃないだろうか。
 ちなみに私は相当な卑怯者らしい・・・
 
海のほか何も見えないときに、陸地がないと考えるのは、けっしてすぐれた探検家ではない。
ベーコン「学問の進歩」
 実行するのは難しい。しかし「分かっているができない」のと、「分かってない」のは違うのだ、と信じたい。
 
人生は/バスカヴィル家の犬だ/怖ろしいのが/当たり前なんですよ/OKとしましょう/犬になれ!
だがな OK!/お前は僕の最愛の友さ/「憂鬱」よ/お前が/いるから負けはしない
筋肉少女帯「トキハナツ」
 人生は怖ろしいのが当たり前・・・そうか!何か、安心した。
 
まあ!そんなにたくさん練習しなきゃならないなら、私、バレエ嫌いになっちゃうわ!
アンナ・パヴロワ
 不世出のプリマ・パヴロワが、他人の練習量の多さを聞いての言葉らしい。
 悔しいことだが、この世には、常人がいかに汗を流しても距離を縮められない天才という人種が存在する、のだろう。
 
非常にキビシー/そりゃないぜセニョール/僕は いつも思うのさ/どんな 辛いことがあったって/これでいいのだ/これでいいのだ
筋肉少女帯「これでいいのだ」
 これでいいのだ。オーケンに限らず、「天才バカボン」に啓蒙された人は意外に多い。いやホントに。
 
才能を疑い出すのが、まさしく才能の証なんだよ。
ホフマン「ホフマン短編集」
 能力について、「俺ってまだまだだ」と落ち込む人に、この言葉を贈ることにしている。それこそが実は進歩なのだ、と。
 
芸術が幾千年を通じて教えてきたところは、感心と悦びとをもって、あらゆる形態における生を見、ついに「どうあろうとも、生はよいものである!」と叫ぶに至るまでにわれわれの心情をもってゆく、ということである。
ニーチェ「人間的、余りに人間的」
 
運命が、われわれの行為の半ばは左右しているかもしれない。だが、残りの半ばの動向ならば、運命もそれを、人間に任せているのではないかと思う。
運命は、力量(ヴィルトウ)によって防備されていないところでは、その強大な力を、思う存分にふるうものなのだから。
マキャヴェリ「君主論」
 これは、あくまで「君主」に向けて発せられたものだが、この「運命」(フォルトゥナ)と「力量」(ヴィルトゥ)の理論はなかなか面白く、単純な勇気を与えてくれる。