2004年3月
ルーズな管理人ゆえ、毎日書くとも限らない日記です。
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3/23(Tue)
▼ハルウララの件補足。武豊オフィシャルサイトの日記(特に3/8)を読むと、色々と今回の騎乗の理由と心情が語られていた。最初は「ハルウララの引退レースなので是非」というオファーだったらしい(その後、報道された通り引退は撤回され、武豊の日記の内容にもクレームが来たとのこと)。そして、「高知にはノボトゥニーで黒船賞を取りに行く」という部分、裏を読むまでもなく、「騎手は勝ちに行くもの、ハルウララで負けるために行くんじゃない」という気概が感じられてカッコいいこと限りなし。そうでなくては。惜しくもノボトゥニーは二着で、地方100勝は逃したものの、まかり間違ってハルウララのようなしみったれた馬でメモリアルを飾って、世間の期待するあざといメイクドラマに貢献するなんてのは、武豊には似合わない気がする。ハルウララの順当過ぎる結果もまた、文字通り塞翁が馬ってものか。次の機会に、しかるべきパワーを持った馬と力をあわせて、スッキリ勝って欲しいものだ。
▼昨日のコメントの真意は、日記にあるとおり、「適切な調教と調整を行っていればまた違った経歴だったのでは…ここまで負け続けるほどの駄馬ではないと思う」という内容だったようだ。これも一応補足。
▼ヨミウリオンラインより、CD関係記事2つ。
・「洋楽海外版消える?」→先日も触れた海外盤販売について。各国のCD価格差、現状、法案が通った場合の予測など。
・「不評 CCCD」→CCCDの現状と問題点、ユーザーから不評であることなど。音質、プレイヤーに影響する要因などがわかりやすく整理されている。
▼車の中に入れていたスポーツ新聞に、「仮面ライダー剣」の製作発表の記事があった。「メインの出演者はおおむね無名若手だが、イケメン青田買いを狙う報道陣、女性誌取材チームが集まっていた」というような内容。まさか放送初回からこんな(オンドゥルな)センセーションが巻き起こるとは、そのとき誰も予想だにしていなかった…
▼広告画像関連の企業リンク集を作ろうと作業していて、さまざまなサイトを回っていた。先日書いたホモちゃんのように、名キャラクターがまったくフォローされていないところもあれば、製品・パッケージ・キャラクターデザインの変遷をきっちりと残している会社もある。森永製菓(ちょっとだけ音鳴ります)は後者の好例だ。「森永ミュージアム」では、明治・大正・昭和初期・中期・後期に分けて、商品ラインナップやパッケージ、と当時のエンゼルマークなどについて、とにかく丁寧に記録を残そうという気概がバシバシ伝わってくる。他にも黄桜・牛乳石鹸・オリエンタル食品など、昔のCMも見れたりするサイトでは思わず時間を忘れてしまう。こんな風に企業資料をハシゴできるのだから、つくづくいい時代になったもんだと思う。何しろカバヤ文庫まで読めてしまうんだから。カバヤ文庫ラインナップ一覧表なんてのもあって、今見ると、序文執筆者の無闇な豪華さに驚いてしまう。グリコとかカバヤとか、当時の製菓メーカーは、「子供の心と体を育む」ことにものすごく真剣だったのだろう。
▼しかし、この年になってもあのころの広告やパッケージ、オマケの類を激愛してる自分がいると知っていたら、小さいころに集めたオマケやノベルティを、絶対捨てないで置いたものを…と思うとなんだか悔しい。できるもんならあの頃の自分に、「そのオマケ取っとけ!」「その箱と缶も捨てるな!」と、殴ってでもキープさせたいくらいに。
▼なんかPCの調子が今ひとつよろしくない。色々整理・調整するか。そろそろXP入れてもいい頃合かとは思っているのだが。
▼春のセンバツの開会式をチラッとだけ見た。決定した時に思ったのだが、やはり行進曲に「世界で一つだけの花」はどうかと。いや、歌詞の内容が一々スポーツ大会にあってなければならないという必要などないし、文句なしにビッグヒットだったわけだが。見るほうも戦う方も、「どっちが強いか較べたがって」いるわけだし、そこに「どうしてボクら人間は どうしてこうも較べたがる?」「一番になりたがる?」とか言われても、「それがいいんじゃねえか」ってことだし。何より試合に負けたチームの選手たちの姿に「No.1にならなくてもいい」なんて音楽が被せられるのは気持ちが悪い、というよりも単純に、戦った連中に失礼なんじゃないの、と思う。まあ曲調としては、「聖母たちのララバイ」で行進した時よりもはるかにマシだったけれども。
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3/22(Mon)
▼そういえば思い出した。子供の頃、ジャンケンする時に「最初はグー、またまたグー(「ハンバーグー」だったような気も、「カトちゃんグー」だった気もする。この部分よく覚えていない)、いかりや長介頭がパー、正義は勝つ!ジャンケンポイ!」というのが流行っていた。今思うと、何故ほかのメンバーでなくチョーさんがパーだったのかわからん。しかも「正義は勝つ」って脈絡なさ過ぎ。とりあえずチョーさんごめんよ…と思って調べてみたら、これは「全員集合!」でのジャンケンのやり方だったのだな。ドリフエイジのくせにこんな基本的なことも知らないのは、山形では「全員集合」を放送していなかったからに他ならない。てっきり「♪インドの山奥出っ歯のハゲあたまんじゅう(以下略)」のような、ガキ遊び歌だと思っていたのだが、そういうことだったか。しかしそれが、放送のない地域のクソガキの間でさえ流布していた事を考えると、やっぱり我らはドリフの子なんだろう。
▼昨日行った生協で、レトルトのビーフカレーに、堂々と「ビープカレー」というPOPが付いていた。「しかしまだまだ飛距離不足」と思って特に撮影はしなかったのだが、ふと気になってGoogle検索してみる。4件ヒットする。何でもあるな。
▼仕事帰り、飲み会が終わった相方を拾って帰る。車中、何故かクサヤの話になる。大学の頃だったか、実家でたまたま父と二人だった日があった。父が知人からクサヤを貰ってきていた。クサヤが強烈に臭いと言うのは聞いていたが、同時に「臭いが美味い物の代表格」としても有名だったので、我慢して焼いてみた。換気扇を回してはいたが、強烈な●コの臭いが家中に充満し、結構寒い日だったが窓を開け放しまくった。それでも一晩では臭いは飛ばなかった。それでも美味いんだろうと根性出して食ったものの、臭いだけで美味いとは思えず、これなら普通の鯵の開きの方がよっぽどいいな、という感想でしかなかった。一口食べた瞬間、体中の穴と言う穴、毛穴までもが肛門と化した気分だった。それ以来、食べる機会もないが、アレだけはノーサンキューになった。しかしまだ食った事のない相方は、「絶対に試してみたい!」と言って聞かない。有名な発酵物博士である小泉武夫(代表著書:「くさいはうまい」等)氏のファンである相方は、「とにかく世界の発酵食品は人類の英知の結晶、可能な限り食べる機会を作りたい」と事あるごとに言うのだが、あの先生、時々「この人もしかして、『発酵せずんば美味にあらず』と思っちゃってないか?」という疑問を感じさせる域に達しているので不安だ。
▼「わかったわかった、分かったから、
1.伊豆や新島に一人で行って、思う存分地元のクサヤを、地元の酒と地元の空気で味わって来い(たぶん味的にはこれが一番外れがないはず)
2.有志を募ってクサヤを取り寄せ購入し、人気のない山中か寂れたキャンプ場で焼いて食え」
と提案するのだが、
「うん、それで俺が美味いと思ったら、みんなにオミヤゲで持ってくるから」
と、どうあっても家を大惨事にしたいらしい。残った仕事とテストの答案はかまわないが、生徒指導とクサヤだけは家庭に持ち込まないで欲しいのだが、どうしてここまでガンコなのか、家を巻き込まないと気がすまないのか、ちっとも理解できない。気が付いたら家に着いていた。ナニが哀しくて、40分もダンナと一緒にいて、クサヤの話で過ごさなければならんのか。
▼「マンガ夜話」セレクション、「男塾」の回だった。なんか今さらながらに男塾を読み返したくなってきた。財布と収納スペースがそれを許さないが。
▼以前ぽちさんのところの日記で見た、物に「お」や「さん」「ちゃん」と付ける関西の習慣についての記事が面白く、彼女の掲示板でfeliceさんと一緒に色々と語らった。そういう文化とは別のこととして、料理番組でやたらと調理器具や食材に「お」を連発したり、作業の一つ一つを「ふたをしてあげる」「塩を刷り込んであげる」などというふうに、「〜してあげる」と付けまくったりするのが、あまり程度を越すとまどろっこしくて嫌いなので、そんな話など。多少であれば、いかにも食材を慈しんでいますという感じでいいんだけども。
▼さらに話が「おみおつけ」のことになった。語の成り立ちとしては、まず最初に女房詞である「おつけ(=食事に添える、具の多い汁物)」という言葉があり、そこに「おみ」がついたもの。この「おみ」についても、
1.重ねた敬意を表す「大御(おほみ)」から来た接頭丁寧語(→おみくじ、おみあしなども同様)。だから漢字にすると「御御御付」という壮観な字面になる。
2.澄まし汁でなく、「具のたくさん入った汁物」という意味で「御身御汁食」と書く。
3.「御味」と書き、「味噌」の意。塩味、しょうゆ味ではないよ、ということを指す。
と、諸説あるらしい。
▼あるらしいのだが、実は実家の方ではあまり「おみおつけ」と言わず、聞くことも少なかった。子供の頃は、TVやマンガに出てくるのを見て、「そういう名前の漬物」だと思い込んでいた。というのは、山形には「おみ漬け」という名前の漬物があるからだ。しかし文脈では「温める」と言ったり、お代わりしたりしている。これについても、冬に仕込み、春以降には漬かりすぎた青菜漬けを刻み、炒め煮にする料理があるもので、「暖かいならきっとこれか?」と勝手に当てはめていたのだ。酒田では、「言わない事もない」そうだが、家の周辺ではあまり言わない。同じ汁物を指しても、「おつゆ」という地域と、「おしる」という地域があったりして、色々だ。
▼ニュースステーション最終週。久米宏はどうでもいいが、「ME」が無くなるのだけは悲しい。それほどサッカーに詳しくも好きでもない私だが、ヨーロッパで活躍するスター選手の芸術品ゴールには毎回ゾクゾクしていた。
▼ハルウララ人気が随分エラい事になっていた。期待してるのが勝ちなのか、連敗記録なのか良く分からないと言う状態だが、「馬券を手元に置く(何しろ換金できたためしがないわけだ)ことにに意味がある」ことになっちゃってるらしい。グッズを買いあさる人たちは「これだけ負けてもまだ戦い続ける姿に感銘」と口々に言うが、普通これだけ負け続ける前にとっとと馬肉になるということを知っているんだろうか?相方は「ハルウララ本体より、これほど負けても厩舎その他にきっちり金を払い続けて、走らせ続けた馬主が一番凄いよ」と言うのだが、私も全く同感だ。とはいえ、高知競馬場も、かつての上山と同じく大赤字を抱えて、「来期赤字だったら即刻終了」を言い渡されている状況。バブリーな人気であっても、今日一日で5億を売り上げたと言う人気のおかげで、消え行くばかりの地方競馬が一つでも生き延びられるならば、一つの延命策として許容するしかないのかもしれない。高知まで来る武豊もエラいが、
「いや、けっこう走らない事もありませんよ。足が遅いというだけで」
という、本心を隠せないコメントには泣けた。いろんな意味で。
▼ニュースステーションでは、本来注目されるべき24連勝中のキサスキサスキサスにちっともスポットが当たらない、という話題も。「一生懸命」「可愛い」「けなげ」というのがハルウララの人気要素らしいが、お馬はみんな一生懸命走るし、顔見りゃみんな可愛かったり精悍だったり、それぞれに魅力がある。馬と騎手と厩舎の人間が一丸になって勝利を目指し、駆け引きと調整の末に勝つことが競馬の醍醐味である事は、不況だろうが危機的状況だろうが変わらない。ハルウララはただひたすらにラッキー(この成績なのに生かしてもらったという一点で)な馬で、彼女自身に罪はない。だが、そのラッキーな経歴だけで「一億総もともと特別なオンリーワン症候群」のシンボルに祭り上げられてるようで、なんとも薄気味悪いんである。まあ、高知の首が繋がる程度には稼いで欲しいけど。
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3/21(Sun)
▼今日のデカレンジャーは寝ずに見れた。仙ちゃん話ということで期待していたが、予想通りなかなかかった。同番組を見るたびに、デカイエローと、「スピカ」のマリカのイメージがどことなくダブる。髪型、クールな顔立ち、しゃべり方、何より名前が同じ「まりか」なのが大きいかもしれないが。ピン付けてくれたら相当似ると思う。ジャスミンの方がぐっと砕けているのは言うまでもないけれど。
▼普段は見ないのだが、その日はたまたま「アッコにおまかせ!」を付けていた。準レギュラー争奪勝ち抜きリーグに、安田大サーカスが登場。あのバカバカしさとなし崩し加減が前から微妙に好きなのだが、真昼間に見るモンでもなかろうという気が激しく起こる。が視聴者には大ウケで、得票がバカスカ伸びていった。あの芸風で連戦は辛いようにも思うが、たぶん来週も見てしまうんだろう。
▼またも昼ラーメン。遊佐町の「もとや」に初めて入る。チャーシュー麺を注文するが、チャーシューが切れたと言う事で普通のラーメンに(結局、通常より数枚少ないチャーシューメン扱いにしてくれた。その分値段を引いてもらった)。チャーシューはバラの巻きタイプで、白身トロっと、赤身しっかりで、ホロホロしすぎておらず、若干厚めで楽しめた。メンもかんすい臭がなくこなれていた。酒田圏のラーメンは加水率が高い店がわりと多く、店によっては伸びやすかったりヘロヘロだったりすることもあるのだが、ここの水分量はきわめて好み。スープもまずまず。だが問題は手際で、私のラーメンが半分くらい進んでから、相方(みそラーメン)の分の野菜を炒める音が「ジャー」としはじめるという状態。結局、相方のが来た時には、もう私の丼には2箸分しか残っていなかった。二人で別々のものを注文したので、多少出来上がりに差が出るのは覚悟の上だが、せめて誤差は5分程度にしてくれないか…私の方は遅くなってもいい(当然ながら伸びてもいいという意味ではない)から。中身は良かっただけにそこが残念。あとチャーシューは切らさないで欲しい。
▼待っている時間、店にあった「キン肉マン(キン肉星王座争奪戦編)」に没頭してしまった。素直に認めるのはちょっと恥ずかしいが、やっぱり私は「キン肉マン」の友情バトルが琴線に触れるらしい(好きって言っちゃえよ)。ソルジャーチームVSフェニックスチームのあたりなんだが、ブロッケンJrやらバッファローマンが熱くて熱くて、しまいには「ああっバッファローマンが死んじゃう〜」と拳握っちゃってるのだ。我ながら年甲斐0。今読むとあの漫画、けっこうセルフ突っ込みが厳しい場面がある。ソルジャーは、「優しく助け合うだけが友情ではない」と、「真・友情パワー」を提唱するのだが、それを聞いたママがすかさず、「言われてみれば、アイドル超人たちの友情パワーが最近馴れ合いになっていたのは事実…」と呟くシーンがある。自分の筆で「馴れ合い」なんて文字を書いてしまうのは、けっこうアグレッシブかと。
▼食後に色々買い物をして、相方は海へ小アミを採りに行き、私は夕食の準備。周りのおじさんたちと会話しながら場所をリサーチした成果で、けっこうな量のアミが採れて、さっそく食卓へ。けっこう活きてるのもいて、醤油をかけるとピチピチ悶えるものも。ゴミなどを丹念に取って、生をワサビ醤油・大根おろしで食べる。この季節だけのご馳走だ。「鉄腕DASHスペシャル」のソーラーカー企画が秋田〜山形で、酒田の風景がチラッと出て、風力発電の風車も映っていた。相方がアミをゲットしたのは正にその場所。
▼同番組、DASH村では「手作り凍み豆腐」。豆腐から作るんだろうな、とは容易に想像できたが、にがりまで作るとは思っていなかった。毎度の事だが、何かを収穫したり、それを料理したり食べたりする時のメンバーの顔が、実にいい。特に山口とリーダーについては、以前むちんさんが「ぐっさんはもう、ずっと村に住め」と名言を放ったのだが、私もそう思う。
▼AmazonからCD届く。この間ラジオで聞いてカッコよかったのでBuzyの「鯨」購入。これの歌詞違いが、「スピカ」の「Venus says」。同曲も勿論収録されているが、1コーラスだけなので、TVサイズにちょこっとイントロと後奏が長いくらい。歌詞としては「鯨」と対になっている。「スピカ」のイメージを投影しすぎているせいか、「鯨」の歌詞が全体的にマリカのイメージと同調しているように感じる。冒頭の「生れ落ちた罪 生き残る罰 私という存在」のあたりは特に。昨日の話の内容の影響が大きい。カラオケがなく、実質は2.5曲収録なので、コストパフォーマンスはいいとは言えないが、まあ納得。
▼NHKのニュース枠で、昨日のチョーさん訃報に引き続き、ドリフの各メンバーからの弔意コメントが紹介されていた。NHKは訃報に関してもお固いと言うか、芸能人逝去に当たってここまでフォローする事はまずなかろうというイメージがあったので意外だった。やはりそれだけ、放送メディアの中で一時代を築いた存在と認められていたと言う事なのだろう。
▼仲本工事は、「ドリフターズは息子の我々が守っていく」とコメント。既に個人単位の活動がメインとなっている4人だが、「ドリフの加藤」「ドリフの志村」であり続けてくれるのは、やはり単純に嬉しいものだ。志村けんのコメントには、「笑いの厳しさ・真剣に取り組む姿勢を教わった」とある。以前、インタビューに「マンネリ大いに結構。定番を持つのは悪い事でも何でもない。やる側がいつも新鮮な気持ちで臨めば新しくあり続ける」という内容の事を答えていて、いい事言うなあと思ったのだが、こういう哲学もまた、チョーさんから学んだのだろうか?考えすぎかもしれないが、チョーさん的だとは思う。
▼日記を書くために、Googleでチョーさんのことを検索した。Googleの検索データにはまだ訃報が反映されておらず、プロフィールや入院・退院の話題だけが並んでいた。Googleはまだチョーさんの逝去を知らず、チョーさんはこのデータの中でだけ、まだ亡くなった事になっていない。単なるデータ処理のタイムラグに過ぎないのだが、こんなことで感じる切なさと言うのも、あるものだ。
●回鍋肉/にら饅頭/小アミの刺身/かぼちゃと小松菜の味噌汁
#「鯨」 Buzy/「Night at the opera」 QUEEN
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3/20(Sat)
▼昨日分の日記に書いた「Amazon.co.jp狩り」の件の続報(「音楽配信メモ」より)。件のCDに関しては、「米国で輸出禁止品として出されたから」というのが真相だったらしい。んが、法改正後は「この洋楽CDは日本版を発売するので、海外盤を輸入禁止にしろ」と法的に処置できるようになるとのこと。可能になる、というよりは、結局はそこが目的ってことで。続報と、引用されている輸入権条文に関する論考は、少なくとも洋楽&クラシック聞く人は読んでおくべきかと。
▼よくビデオテープで「繰り返し録画に強い!」とか「長期保存に強い!」という売り文句の製品がある。同様のアプローチでこんな製品があったら、便利かもしれんがやっぱヤダと思う。
A子「もういやだわ、何がどうなってるのかしら…」
T田「おやおやA子さん、コンポの前で困り顔ですね、一体どうしましたか?」
A子「聞いて下さいT田さん、このCDを聞いていたら、突然CDが回らなくなってしまったんです…寿命かしら?」
T田「どれどれ……ああ分かりましたよA子さん、このマークを見てください。これはCCCDですね。」
A子「まぁあ、こんなに小さくコッソリ貼ってあるから、全然気付いていなかったわ。」
T田「私たちが何気なく買っているこのCCCD、コピーできなくするためにノイズを加えているので音質が悪く、しかもA子さんのように、プレーヤーを壊してしまう事がよくあるんですよ。」
A子「うーん、そんなの困ります!音楽は聴きたいけれど、プレーヤーが壊れるのはいやだわ。どうすればいいのかしら?」
T田「そんなお悩みを持つ皆さんに、是非お奨めしたいものがあるんですよ!コレです!」
A子「ええっ?でも見た目は、ごく普通のミニコンポに見えますが?」
T田「そうです、外見はどこにでもあるコンポのようでしょう?でも違うんです、このプレーヤーはとにかく!CCCDに強い!そこがこれまでのプレーヤーと違って画期的、自信を持ってお奨めできる商品なんです!CCCDの破壊活動を防ぐために開発された技術を盛り込み、、自社開発の特製ピックアップを採用、音飛びや認識不良を劇的に減らしました。また、抜き取り検査で、国内全レーベルから選んださまざまなジャンルの5000枚のCCCDを、なんと一枚ごとに100回連続再生テストしてもなお、再生不良を起こさないという結果を残していますから、どなたにも安心しておすすめできます!」
A子「なーるほど!これなら安心して、CDをトレイに入れられますね。」
T田「それだけではありませんよ。CCCDに付き物の音質劣化につきましても、ある程度のレベルまで自動的に補正を行い、耳に心地よいサウンドを回復してくれる、オートリカバリー機能付きです!(画面注:すべてのディスクに効果を約束するものではございません)。」
A子「これで、音にうるさいマニアの方も納得ですね!至れり尽せりとはこのことです!でも、いいお値段になっちゃうんじゃないですか?」
T田「そちらの方も、今回は勉強させていただきました。今回は特製ヘッドフォンと、レンズクリーナーセット、さらになんと!視聴用CD『わたし歌手になりましたよ』『六甲おろしオマリーver』の二枚をお付けしまして、月々5,800円の12回分割でいかがでしょう!もちろん分割手数料は当社が負担させていただきます。(場内拍手)ただいまより、限定100台、こちらのフリーダイヤルで受付となります。」
A子「今すぐお電話を!」♪ジャーパネッ(以下略)
というだけのネタを何も長々やることもないんだが、けっこう売れてしまいそう、というか書いててちょっと欲しくなってしまったのがまたイヤだ。
▼一ヶ月以上前の話になってしまうが、「北アルプス中学校」の生徒が、「アル中」と略されたりしてヘンなイメージが付くのがイヤだ、と主張。「北陵中学校」に高名変更になることが決まったらしい。コレを聞き、同様のことがあってもクレームにせず、ずっと校名を守り続けている宮城県の女川二中および女川二小の生徒さんと関係者に改めて敬意を表するものである。(「女川」は「おながわ」と読む)
▼朝起きてTVを付ける。寝起きの目に飛び込んできたのは、いきなり「野球拳」を歌って踊って楽器鳴らしてるオバちゃんとおっちゃんの一団だった。何事かと脳が一瞬フリーズしたが、「クボタ民謡お国めぐり(←リンク先は音出ます。東北だけの放送なので、知らん人も多いでしょう。隠れた長寿番組)」だった。四国の「本家野球拳踊り」なんだそうだ。もちろん超健全番組なので、オバちゃんが脱いだりはしない(第一誰も喜ばない)。が、朝一番に見るものでもない。あーたまげた。
▼後に続く「セーラームーン」が、結構流れが良くて引き込まれ、先ほどのしょっぱい気分を払拭してくれた。正統派少女漫画な盛り上がりがなかなか。全体的にみてやっぱりうさぎがいいと思う。原作漫画やアニメだと、「いくらなんでもこんなイイ体の中学生はそうそうおらん」という印象が強く、その上三石琴乃の声がアホっぽくて(アニメ版は敵から何からアホ尽くしだったわけだが)好きになれなかった。実写版のうさぎは、普段の姿が「普通の中学生」っぽさに溢れていて、変身すると表情や雰囲気がちゃんとセーラームーンしててカッコいい。ベタではあるがこの落差、やっぱり変身ヒロインの王道(でありながら、案外実現されてない)だと思う。タキシード仮面の中の人も、回を追うごとにカッコよく見えてきたし。うーん、まさかこの番組にこんなに付き合うことになるとは予想だにしていなかった。最初はバカにしまくっていたのに。関係ないけど、セーラームーンは横から見ると、いつも「鼻がまっ平だよなあ」と思ってしまう。それでも十分可愛いんだけど。
▼この時間帯の番組を見ていると、必ず一回は子供運動靴のCMが入る。これが各社とも、偏平足や外反母趾防止などの機能を色々盛り込んでいて、進歩したもんだと感心させられる。子供時代にこういう高機能な靴があったら、今ごろはこのトンカツのような偏平足ももうちょっとどーにかなっていたんじゃないだろうか。この年になってそんな事を思っても詮無いことだが…
▼「プラネテス」。いよいよ大詰めで、アニメを見ていてこんなに緊迫させられたのは本当に久しぶり。ストーリーの中の、テロや宇宙防衛戦線の占めるウェイト(ついでに言えば、連合の腐れ具合や宇宙資源の生む不公平具合も)が相当大きく、また重い。原作どおりのアレに収束していく事は間違いないのだが、例のナニ一発で収めるにはあまりにも事態がデカいのでは、という懸念も多少。まあ、プラネテスに関してはスタッフを全面的に信用しているので、あと数話、物語に身を任すのみだが。それにしてもクレアはやっぱりカテジナ化(あそこまでキレてるわけではないので、レコア化と言ったほうが近いか?)。テマラとの出会いやエルタニカの事情、ハキムとの関係があったわけだが、左遷でプライド傷つけられ、腐っちゃった末の逆恨みみたいな部分もでかいような。左遷されたとはいえ正社員は正社員。どん底からあがいて這い出して、派遣とバイトと学校に頑張ってるエーデルに比べれば、社会的にはずっと「恵まれた立場」なのだがな。こうして見るとエーデルがぐっとイイ女に見えてくる。もう一暴れしてほしいが、さすがに出番はないか?
▼一つ気になるのは、アニメのタナベに、ユーリが言うところの「ムチャクチャなパワー」をいまだに感じられないこと。だから(次回への伏線とはいえ)あのユーリのセリフも唐突な気がした。様々なキャラクターの背景とか奥行きみたいなものが丁寧に描かれる中で、この輪数に至っても、タナベに感じるものはペラさとうざったさだけだ。もうここまできて原作と比較するのは愚行と知りつつも、やはり、原作の「大事な事は全部(天与的に)わかってて、天然だけど凄い奴」なタナベと、「上っ面のヒューマニズムとがなりたてるだけ(この部分はクレアに同意)」のアニメタナベの差は絶望的に写る。ので、ハチがタナベに惹かれた理由も伝わらない。今のままだと、「単に、自分に好意を持ってるっぽい後輩が近くにいて、まあ多少は気になってたんだけど、たまたまちょっとイイ雰囲気になったもので」という風にしか読み取れない。まあそういうのもある意味リアルといえばリアルなんだが、どちらかと言うと、ハチの年代の社会人というより高校生や大学生のサークル内みたいなノリかと。手近で済ませる感がハチらしくないし、そのせいで余計にタナベがペラく五月蝿く見えてるようにも感じる。
▼で、来週が放送休みというのは酷過ぎる。この展開で、2週間おあずけのはあまりにも辛い…
▼今日は「ふたつのスピカ」の作画が随分いい(ほぼマリカとかさねちゃん限定だが)かも…と思いつつ見ていた。予告が妙にまとめに入ってる?と思ったら「次回、『ふたつのスピカ』最終回」ってマジかー!ちょっと調べたら最初から全20回の予定だったので、決して打ち切りでも何でもないのだが、話数がクール単位ではなくていかにも半端だし、話の流れ的にはもっと半端で、強引な終わり方しか想像できない。打ち切り(NHKのアニメではよほどの問題が起こらない限り、不人気による打ち切りはないんだが)と思った人も多かったのではないだろうか。未完の原作なので、力技で終わるしかないのは最初から分かっていた事なんだけど。プラネテスも終盤だし、うる星やつらはどうでもいいし、スピカの後番組には食指が動かないし、土曜朝の楽しみが大きく減りそうな予感。
▼昼は、相方の部活が終わるのを待ってラーメン屋へ。これまで何回か無駄足を運んだ「新月」、今日は営業していた。が、1時前の時点で10数人の列。思ったほどには待たなかったが、並んでいる最中に出てきた客が一言、「うわ、コイツら何並んでるの?」……そりゃあオメーが、待ち客出てるのにチンタラ食ってるからに他ならないんだが。味はというと、ちょっとしょっぱめではあったが、麺もスープもチャーシューもなかなか良く、行列待ちが出るのも納得。特にワンタンがデロデロしてないのが良い。庄内の飲食店で、店員が愛想良かった事ってあまり記憶にないんだが、その中でも店員が別格に愛想がなかった。食券制で、会計後に「ありがとうございました」と言うシーンがないんだから、入り口通るときに「ありがとうございました」の一言ぐらいあってもいいと思うんだが。でもまあ、気になったのはそのくらいだったので、ここ数回のラーメンガックリ体験を払拭するに余りあった。他のメニューも試したい。
▼待ち時間に、後ろに並んでいた大学生くらいのカップルの女性の方が、店内メニューを見て「ラーメンライスって何?」と男性に尋ねていた。きっといいとこで育ったお嬢さんなのかも。荒岩さんが作り出しそうな、ラーメン入りの炒飯や炊き込み御飯(実際あったんだこれが)を想像していたのかもしれない。男性も「じゃあ、(君に見せるために)頼んでみようか?」と答えて、ちょっと微笑ましいやり取りを聞き、そういえば相方がラーメンライスや、ライスを添付注文するのを見た事がないな、と思い当たる。家でラーメンを食べる時は、最後のスープにご飯を入れて食べるのが大好きな男なのに。答えは単純なもので、「メシ一膳が150円だ200円だとバカ高いのが納得できないから」だそうな。合点が行く。
▼祖母の誕生祝をやるので、夕食は祖母の好物のエビフライを揚げる事に。小さいエビだと手間の割に食べた気がしないので、今日は少し奮発して大きいエビを買う事にしていた。だが、今日に限って3Lサイズのものがない。よくてLL程度。スーパーを3件ほどハシゴしたがどこもイマイチ。ヤマザワで、一尾65円のブラックタイガーがナイスな大きさだったのでここに決定。解答された物を、トングで必要な量だけ取る形だったので、太くて大きいものを厳選する。おかげで食べがいのあるエビフライで腹を満たす事が出来た。大満足。
▼はてなダイアリーのblogには、文中の特定の言葉にキーワードリンクが自動で貼られるものがある。あるblogで、「槙原敬之」という部分の「原敬」の二文字だけにキーワードリンクが設定されているのを見て、なるほどこういうこともあるよなあ、と妙に納得した。そういうクイズなんかも作れそうだ。「1000円札の裏には何羽鳥がいるでしょう(答えは三羽)」みたいな感じで。どうでもいいことなんだが、ふと気付いたので。
▼週刊文春の件、上告へ。確かに田中真紀子の娘は公人とは言えないと思うが、普通は記事削除や謝罪文掲載で済ませられる話ではないんだろうか。しかしこの件、事象としては単に「離婚して帰国しました」ということだけ(記事本文を読んでいないけど)。プライバシーをさらされるのがイヤという気持ちは分かるが、彼女自身は、これほど躍起になるくらいにくらい「恥」「人生の汚点」「人に知られては困る事」と思っているという事だろうか。離婚も結婚と同じく、人生の選択肢の一つに過ぎないのだから、そこまで汚点視するのは、世の離婚経験者に失礼なんじゃないの、という気もする。しかしこの程度で発売禁止裁定なら、女性週刊誌やアサ芸や噂の真相なんて、3ヶ月に一回も店頭に並ばないのでは。
▼台湾の総統選挙などがあり、ニュース速報が何度も入った日だった。しかしやはり一番のニュースは、ドリフのいかりや長介リーダーの訃報速報だった。ガンによる入退院は既に報じられていたし、ナレーションの仕事(「人生には楽園が必要だ」など)も降板していたので、思いのほか状況は良くないのかな、と思っていたのだが、こんなに早く逝ってしまうとは思っていなかった。まだまだ若い。近いうちにそうなるのだろうとおもっていながら、案外深い喪失感に、改めて、私たちの世代における「ドリフ」と「チョーさん」の存在の大きさに気付くのだった。長い間「低俗」というイメージで見られていたドリフのメンバーの訃報が、ニュース速報になる。それだけ、放送文化の中で重い位置を占め、一つの時代を築いた存在だと、多くの人が認めたということになるだろう。
▼考えてみると、チョーさんのコメディアンとしての才気は、加藤茶や志村けんの切れ味には遠く及ばない。器用でもスマートでもなかった。最大のキメ技である「ダメだこりゃ」にしても、加藤茶の「ちょっとだけよ」「ヘックシ!」などとは違って、単体で笑いを取れる性質のものではない。ほかのメンバーのギャグがあって初めて機能する。しかし、「もしもシリーズ」などは特に顕著だが、「ダメだこりゃ」がなければあれほどの笑いは生まれなかっただろう。
▼チョーさんがほかのメンバーに卓越したものがあったとすれば、それは「シメる力」ではなかったか。ドリフのネタは、展開される場所はステージセットではあるが、ネタの単位としてはTVフレームのものだ。だから、10〜15分ごとにCM入りする事で十分なパーテーションが得られる。最近のシチュエーションコントでは、グダグダになってオチのないものでも、CMやアイキャッチが入る事で強引に一ネタを終える場面がまま見られるが、それでなんとかやっていけてるのは、正にそれだろうと思う。だが、「ダメだこりゃ」の「引き締め感」は秀逸で、実にきっちりと締まり、オチも際立つ。「ダメだこりゃ」は、大意で言えば、漫才のシメの典型的な一つである「あんたとはやっとれまへんわ」「付き合ってられんわ」と変わりない。が、チョーさんがオンカメで、時には小麦粉を口から吹きながら、絶妙のタイミングで「ダメだこりゃ」と、一つ一つのネタをきっちりとシメることで「区切り感」を与え、結果的に視聴者は「これだけの数のコントを見た」という満足感を得る事が出来る。もう一つ、リセット効果もある。再び「もしもシリーズ」の例だが、「ダメだこりゃ」は「一つのもしも設定の終わり」を示す、という約束が子供にも分かるように示される。だから、間髪入れずに次の設定のコントが始まっても、前のネタを引きずらずに楽しむ事が出来る。この「シメの才覚」は、ほかのメンバーには真似が出来ないところではないだろうか。志村けんの、パワー系落としのフレーズ「だっふんだぁ」が一つのアイキャッチ効果の域を出ず、「ダメだこりゃ」のインパクトに及ばない(多少性質は異なるが)ことを考えると、そんな風に思ってしまう。子供心に、ドリフのシメはチョーさんだから出来る、という漠然とした感覚があった気がする。「ダメだこりゃ」やコケの中に、どことなく風格というか、キャプテンシーというか、メンバーをちゃんと束ねてる人望みたいなものが、見えていたように思うのだ。
▼俳優としての演技も、何が上手かったというのではないと思う。恐らくあまり器用な方ではなかったのではないだろうか。印象に残っているのは、どこか愚直な役が多い。「踊る大捜査線」しかり、「独眼龍正宗」しかり。しかしこの2作品を例に振り返ってみると、もしあの役がチョーさんでなかったら、きっと名作として人の記憶に残る事もなかったと確信できる。あの愚直さは、チョーさん本人の愚直さだったのだろうか?少なからず人柄=私たちの中にあるチョーさん像が滲み出し、それが魅力になっていた。
▼メンバーの誰が欠けても、ドリフはドリフでなくなってしまう。換えの効かないキャラクターである事は皆一緒だ。しかしチョーさんがいなければ「全員集合」はできない。「ドリフ」というグループがこの先どうなるのか(実質ほとんど個人の活動をしてるわけだが)はまだ分からないが、実質的に大きな終焉を迎えた事は確かだろう。幼い頃、ドリフの番組にチャンネルを合わせると、母は最初こそPTA的に眉をひそめるのだが、10分も見ると一緒に大爆笑していた。そういう魅力はドリフならではのものだった。だから多くの人間がドリフを愛し、あの笑いと空気を手元に残そうとしてDVDを買った、あるいは買いたいと思った人間が実に多くいた。早すぎるチョーさんの逝去に当たって、一つだけ救いに思えるのは、ドリフのDVDの記録的な売上げを、いまや大人となった当時のクソガキが捧げた愛の形を見てもらえたということだ。さようならチョーさん。どの番組でもチョーさんは、「また来週」と言ってシメていたのに、二度と「また」がないことを、本当に寂しく思います。
●エビとホタテと茄子のフライ/キャベツとニンジンのサラダ/自家製タルタルソース/なめたけ大根おろし/豆腐とネギの吸い物
*「ワンナウツ」11 甲斐谷忍/「HEAVENイレブン」3 大和田秀樹/「TAC・TIC・S…」 モンキーパンチ
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3/19(Fri)
▼久しぶりに森永乳業のマスコット・「ホモちゃん」のサイトに、何か新しいネタはないかと行ってみる。ずっと以前の日記にも書いたが、ホモちゃんは、「森永牛乳プリン」の蓋に印刷されている、太陽の中に笑顔のある、歴史のある可愛いキャラクターだ。名前はアレだが、別にそっちのお方ではない。もっとも一人称は「ボク」なので、♂である事は間違いない。で、公式サイトのURLは「ホモちゃん.com」。しかしアクセスしてみて落胆。レジストラの管理するページに飛ばされ、「This domain is for sale!」との非情な表示。ならばと森永乳業のサイトに行ってみたのだが、ホモちゃんコーナー自体が影も形もなくなっていた。ショックだ。あんなに内容が充実していたのに。牛乳プリン買えばホモちゃんのあの笑顔には会えるけれど、そういう問題ではないんである。
▼ちょっと色々広告キャラクターが気になって、「企業のサイトになら色々情報があるだろう」と調べに行くのだが、紹介すら掲載されていない会社は実に多い。今日も、日清製粉の「マ・マー」のキャラクター(パスタの袋等にある、エプロンをした女性のキャラクター。これもけっこう歴史はある。今の一代前のデザインが好きなのだが)の変遷を見たいと思い、日清製粉のサイトに行ったが、やはり一つも情報がなかった。商標デザインの傑作である「仁丹」(森下仁丹)ですら、申し訳程度に壁紙とスクリーンセーバーが一個ずつ置いてあっただけだ。企業にしてみれば、「いつまでも旧商品のイメージで見られたくない」「他企業との合併などの絡みもあり、商標を使いづらい」「COOLな現在の商標を大事にしたい」などの事情が色々あるだろう。企業イメージは絶えず若返り続け、現役のものでいなければならないというのも理解できる。しかし、広告の歴史は商品の・会社の歴史。現在引退したキャラクターもたくさんいるけれど、大事にしたってバチは当たらないだろうし、社史の一環としてまとめておくのも立派なPRでは。その意味では、歴代の広告を順を追って並べ、当時の新聞広告写真なども添えている「救心」さんはやっぱりエラい。頑張れ。
▼hidemizicblogさんより。一週間も前の記事でアレだが、「Amazon.co.jp狩りが始まった…」の内容はやはり見過ごせないと思った。Amazonの自発的な動きか、それともレコード業界・はたまた政界からの外圧かは定かではないが、洋楽のUS輸入版のAmazon.co.jpでの販売が規制されるという動きが始まっているのではないか、という懸念と、一つの動かざる事実である。先日可決された逆輸入盤への規制が、洋楽輸入盤販売にターゲットを移しつつあることを感じさせる事実は、どうしたって楽観視できるものではない。洋楽CDに関しては、きわめて素人考えだが「日本で勝手に高い値段をつけて売りつけているだけ」というイメージがずっと昔からあるので、オリジナルがオリジナル(に近い)の価格で入手する可能性を地方在住の人間にも与えてくれたAmazonは本当にありがたい存在だ。日本発売盤は、高い代わりにライナーや歌詞の訳が充実しており、ボーナストラックが入っていたりする。輸入盤は、ライナーもジャケットも英語で読まなければいけないが、その分安い。買う人間が自分の必要とする要素に合わせ、納得してどちらかを選べばよいだけの話だし、長らくそうして来た。「選べる」ってことが大事なのだ。日本の音楽販売業界からは、えらい勢いで「消費者の選択の余地」が奪われつつあり、その寒い空気が流れてきて、イヤでも感じざるを得ない。
▼で、ついつい記事に流されちゃって、「買えなくなる前に」とQUEENの「Night at Opera」輸入盤を注文してしまうあたり、私も相当な愚民である。東芝EMIから、QUEENのアルバムが総CCCDに焼き直されて出るらしい、なんて話も以前から聞こえているので、まあ今のうちに。ついでにBusyの「鯨」MAXIも注文。
▼県職員は本日が人事異動の内示だったが、相方のささやかな希望は結局ダメポな結果に。こういうものは希望地区の教科人員の流れ次第。「今年は流出が少ないので無理っぽい」という話を以前に聞いており、最初からダメモトだったのでショックは少ないつもりだったが、やはり、連れ合いの希望がかなわずにガッカリしないヨメもいないんである。異動するにはいい機会だったのだが、残念。
▼内示の概要は地域紙夕刊に出るので、心配しているかと思い、実家にも報告しておく。父だけがおり、今日は母も兄も仕事の送別会で遅くなり、一人寂しく夕食とのこと。ちょうど夕食に、父の好物であるサバの味噌煮を作っていたところだったので、
「そうか〜、近かったら、うちに『食べに来い』って誘ったんだけどね。サバミソ作ってたから」と言ったら、父、
「いや、ついさっきスーパーの惣菜コーナーでサバの味噌煮買ってきたんだよ」とのこと。シンクロニシティ。
▼楽天から来たメールマガジンのサブジェクト。
「定番ボトムスが997円〜!激安アウトレット特集」
を見て、「えっ、ボトムズのDVDが1巻997円!安い!すわ購入」という誤解が、「一瞬よぎる」というより、明らかに「30秒近く疑いなく認識」し、のみならず「でもそれって何話入り?2話?3話?」とまで皮算用を巡らした私は、明らかに女脳の持ち主ではないのだろう。何が「すわ」だか。「男脳」で片付く問題でもないけれど。
▼「仮面ライダー剣」、数週間ぶりに見たら、主人公がそんなにオンドゥルじゃなくなっててつまらない。でもやっぱり「バトルロワイヤル」という言葉はまるでダメ夫だったが。それにしてもTVドラマで、「今回はセリフが普通に聞き取れた」という感想があちこちで飛び交うというのは相当問題あるよな、今さらながら。「普通に聞きとれて面白くない」という感想がもっと多いという事実もさらにアレだけど。
▼週刊文春敗れる。が、今回の件に関しては「公人になりうる存在」という根拠が希薄で苦しすぎたし、仕方のないところか。発禁という処分自体には疑問。それにしても今回の差し止め請求により、長女の件を好き好んで広めるだけ広めたとしか思えないんだが。普通に文春が発売されたとして、そんなに世の中を席巻する話題ではなかっただろうに…
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3/18(Thu)
▼レバノンさんへ。先日は「サンドバッグ」とか失礼な事を言ってしまい、誠にすみませんでした。引き分けてくださってありがとうございました。
▼サッカーは予断を許さない状況にあったので、少なくとも前半終了まではハラハラして見ていたが、終始攻めの姿勢を崩さずに、ハイテンションで見事な結果を収めたのは素晴らしかった。「谷間の世代」と呼ばれ、「このメンバーでは」というような下馬評を見事に覆したのは、見ていて痛快の一言。ことにサッカーファンの方々は、ジーコジャパンの決定力の見えないしょっぱいゲームが続いたストレスを晴らしてもらった、という感じだろうか?いや良かった。関係ないが、山本監督の、熱血先生風のルックスは、いかにも日本人好きがすると思う。
▼サッカー識者には、大久保のメンタル面の未熟さ・不安定さ(天狗になりやすくキレやすい)がたびたび指摘されていたが、今日はもう文句なしに大久保の日だった。
▼釣り雑誌「ShizenClub」の釣果自慢コーナーより、ちょっとしたサプライズ。
誤植とかではなく、単にパパの釣った魚を息子に持たせただけなんだろうけれども。
それでもここは、「いやー童顔でいらっしゃるから」と言ってやるのが礼儀(何のだ)ではなかろうか。
また、釣り船広告で「豊丸」なんて名前があるのも、やはり30代オーバーの目を一瞬止めさせるものがある。勿論ちゃんと「ゆたかまる」とフリガナ振ってあるけれど。
▼同誌は、釣った魚の料理特集が魅力なのだが、今月号はホッケ特集。ホッケほど、作り立てが美味く、冷めてまずい魚はそうそうないだろう。この間は天ぷらにしてみたのだが、実に美味しかった。色々試してみようと思う。
▼魚といえば、義父がやたらと一塩ニシンを買ってくるので、妙に高頻度で食卓に登る。男性には、「同じメニューが二食続くのはイヤ」というタイプの人が結構多く、奥さんは大変なのだが、うちの義父のように「好きなもの、ツボにはまったものは毎日でもいい、むしろ毎日食べたい、あまつさえ調達しちゃう」タイプも、付き合うのはしんどいものがある。ニシンが嫌いなわけでもないし、焼きたては美味しいので食っちゃうのだが、流石に最近はちょっと辟易してきた感がある。聞くところによると、今年はニシンが記録的な豊漁だという。だから安いし、いつでも店頭に並んでいる。年内はこの試練が続きそうなので、さっさと春の鮮魚が並ぶ季節になって欲しい。
▼サッカーのあとは「白い巨塔」の最終回に見入る。久々に相方をも引き込んだ骨太ドラマだった。唐沢寿明の財前は勿論、伊武雅刀・西田敏行らの演じる、腹に一物も二物もある教授軍団が良かった。また、嫁さん役の若村麻由美。財前にリンゴを剥いてやってるのだが、お嬢様育ちだけあってヘタクソだったりするのが芸が細かい。
▼「銭形金太郎」で紹介されていた宇都宮動物園。Webでみると小奇麗だが、なかなかさびれっぷりに気合の入ったテーマパークだった。中でも、お金入れて乗るライドマシーンに、ミラーマンがいたのがビックリ。ミラーマン、この動物園ではいまだ現役なのだ。物持ちいいにも程がある。お金入れると、土台から揺れていたが。というか、コレクターに売り払った方がよっぽど儲かる(少なくとも新しいライド2台は買える)はずだが…
▼同企画で紹介されていた、筑波の「ガマ洞窟」もあまりのショボさと小金をむしる意地汚さに大爆笑。私はカエルが嫌いなので身構えていたが、ヘンなガマオブジェや石、怖がりようのないお化け屋敷などで、生のガマガエルなど一匹も登場せず。カエル嫌いの人にも安心な施設。絶対行くことないが。
▼自分の日記更新のあまりの不定期具合に、Web上で更新できる日記、とりわけblogにしちゃった方がいいんじゃないか?とも思ったのだが、容量制限や本文に勝手に参照リンクが付いたり(はてな等)するのは抵抗あるし、サーバーの事情一つで重かったり、いきなり消えたりしたらイヤかもなあ、という気がしてしまう。飛ぶも重いもサーバー次第なのは、別に今使っているレンタルサーバーでも同じ(バックアップサービスはあるが)なのだが、以前に掲示板データが飛んじゃったり、知らんうちに休止してたりしたのがいまだにトラウマになっているらしい。何よりも、「要するにHTMLだろうがblogだろうが、ズボラでダメな奴は何をやってもダメだよな」という結論に。一応、無料blogサービス比較ページなどを覗いたりはして、興味はあるのだが。
▼「いまさらこんなもん書いても誰も読むまいよ」と思いつつ、やたらとさかのぼった日付の日記に長文書いたり、2週間前の事件に憤ったりしている様は、誠にドアホウの一言である。第一、その日の天気やら食ったものやら思い出して何日分もまとめて書くという愚行は、小中学校時代の夏休みラストスパートのあの日からちっとも成長のないことの証明でしかない。しかしナンだ、「ほとんど誰に見せる当てもなく書く日記」。これは、私がただの一度も続けられなかった「純粋日記」ではないか。Web日記を溜めたおかげで純粋日記を書けた自分。書けば書くほどヘタレな事象。
▼先日、「自虐の詩」の事を書いたときに引き合いに出したのをきっかけに、なんだか読みたくなって「電波オデッセイ」を読み返す。やっぱ沁みる。私にとっての聖典だ。キャラクターそれぞれが、「もーダメだよ」「いない方がいい」と存在を否定しようとする内なる・あるいは外なる自分と向き合い、「どうあれ今この世に生きて在ることの根拠」や「オミヤゲ」を獲得する物語。みんな現在進行形のトラウマやモロモロと顔つき合わせて、心の傷を少しずつ「別のもの」に変えてゆく(あまり安易に「癒し」という言葉を使いたくないのである、この作品に関しては)。他人との何やかやの中でで見つけた、暖かくて壊れやすい「オミヤゲ」を糸にして、そっと心の傷を繕ってゆく、そんな話だ。胸に迫ってくるのは多分、その繕っていく時の一針一針にも、逃れられない「刺す痛み」があり、その痛みを変に綺麗なものに昇華したりせずに、そのまんま書いているからなんじゃないか。最近そう思うようになった。
▼同作品のエピソードで、一番シンクロしてしまったのが、実はトモちゃんの話なのだ。作者は相当痩せてるのに、何故にあんなにデブの気持ちが分かるのだろう?謎だ。
▼今のところ心臓は毛がみっしり生えてて丈夫なもので、「救心」なんて薬は縁遠い存在だ。が、昔からほとんど変わらぬパッケージ、そして赤と青で描いたハートで余すところなく「心臓」を意匠化したシンボルマークは秀逸だと思っている。そんな「救心」に、人知れずシンボルキャラクターが誕生していた。その名も「救心くん」。直球だ。しかしそのビジュアルはなかなか凄い。救心くんについては、公式サイトの広告紹介ページでバッチリ見ることが出来る。まんま心臓。こんなに静脈動脈がはっきり描かれたキャラクターは古今東西なかったのではないだろうか。どことなく緊迫したような、全体的に笑っていない表情、焦点が良く分からない目線がどことなく怖い。しかもサイトフレームの右上で動き続ける救心くんのアニメ。その動きが、なんだか救心君自身が「動悸・息切れ」に見舞われているようで、言い知れぬ不安感を煽られる。でも、長年親しまれたキャラクターを引退させたり、サイトの中で扱ってない企業も多い中、新規キャラを世に出す救心さんは、誠にエラい。
▼この「救心」のサイトでは、Q&Aなども充実している。実は私、救心の「気付け」という効能、「誰かが昏倒し、一時的に軽く意識を失った時に飲ませ、覚醒させるための薬品」だとずっと思っていた。昔の映画とか時代劇などに、「気を失った人に強い酒(焼酎やウィスキーなど)飲ませたり、臭いをかがせたりして、その刺激で意識を取り戻させる」シーンがあって(その頃のドラマなどでは、ショックを受けた人、とりわけ女性が実にしょっちゅう気を失っていたのである。)、あーゆーものだろうと。別にそういうことじゃなかったんだ。勉強になりました。
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3/17(Wed)
▼むちんさんと電話。むちんさん側のIP電話状況が原因か?いつも話中になってしまい繋がらず、通常電話番号に書けたら問題なく繋がる。2月下旬のような状態ほどではないが、まだまだIP電話は不安定な部分が多いと感じる。
▼「年よりは朝が早い」話から、「今は朝5時台からニュース番組だけど、昔は6〜8時くらいはアニメなどの子供時間帯だったよね」という話に。「好きな番組の再放送だと、まだビデオがなかったので、気合入れて早起きしてた」「カラーパターンとか、コールサインの時から見てた」などと盛り上がる。早朝にやたらと繰り返す再放送アニメは、地域によってやたら偏っており、山形では「年がら年中ロボっ子ビートンと星の子チョビン」をやっていた記憶があるのだが、かつての青森では、朝っぱらから「カムイ外伝」を放送していたらしい。朝飯を食いながら水原弘の歌を聞き、やたら敵のくの一や村娘などに惚れられては風の中を抜けてゆくクールな抜け忍のエピソードを見てから学校に行く心境は、子供心にも微妙なものがあったという。すごいなソレも。
▼「最近の母親は、昔のように近所のおばさんや親戚達とコミュニケーションを持ちながら生活する機会が少なく、育児や家事に関して驚くほど知識が欠けている」ことを象徴する笑い話として、もう20年も前からよく引き合いに出されるのが、「『うちの赤ちゃんのおしっこは青くないのですが、病気でしょうか!』と医者や親に相談する」というのがある。で、最近その手の相談がますます増えているとか。けっこう聞き古した話なのだが、バカ主婦エピソードの例としてTVやネットなどで話題になっている。むちんさんの知っているのは、若い主婦がスーパーの店員さんに真顔で「ビックリ水(料理用語で、うどんやそうめんをゆでる時、沸騰して吹きこぼれそうになった時にコップ一杯程度入れる水の総称。勿論普通の水道水でよく、そういう特別な水があるわけではない)ください」と言った、という話。「米を研ぐ時洗剤入れた」などのパターンは知っていたが、これは初めてで(後で調べたら、これもそこそこ有名なものらしい)、思わず爆笑してしまった。この人はきっと、「六甲のおいしいビックリ水」「南アルプスの天然ビックリ水」とか、あるいはかん水やニガリのような、特別な性質を持った水を想像したのだろう。「やってTRY」で大量破壊兵器料理を編み出すお嬢さん方がそのまんま成長すると、DQN女になってしまうのだろうか。
▼余談。ビックリ水といえば、ふきこぼれを防ぐのと、麺を引き締めてコシを出す効果があると言われていたのだが、近年はむしろ「ビックリ水はしなくてもよい」という意見が専門家から出ている。「ためしてガッテン」でもそう言われていた。麺の引き締めやコシに与える影響は別になく、むしろ家庭用コンロの火力では湯温が回復するまでに時間がかかってしまうというデメリットもあるのだそうで。「十分な鍋とお湯を用意し、火を調整して湯音を一定に保てば必要がない」とも言うそうだ。ただ現実には、家族の数によって「一人当たり1〜2リットル」のお湯や大鍋を準備するのが難しい事も多いので、結局はビックリ水のお世話になる場面も多いのだが。
▼「マッスルボディは傷付かない」のDVD、HTBの直販サイトでネット通販できるとのことなので、そちらで買おうかと思う。ただ、受付は販売開始日の3/26からとなり、予約特典は付かない。もっとも予約特典の「黄色いパンツ型定規」というのも、悩もうにもちょいと微妙ではあるのだが。
▼夕方、義父の飲み会に送る。今日は相方の飲み→迎えもあるので、義父の迎えは義妹に頼む。しかし、指定の場所で上手く落ち合えず、探しても見つからないのでキレて帰ってきてしまい、結局私が迎えに行くことに。元凶は、携帯を持ちながら電源を入れておかない義父にあるのだが、いくらイライラしたからといって、帰ってきても何の解決にもならないと思うんだが。性格的にそういう人なんだな。それにしても嫁使いが荒い。一度義父を家に置き、もう一度駅へ。我ながら働き者だよ。相方は、飲む前と最中に摂取した、ファンケルのウコンサプリがすこぶる効いたらしい。いつもはほろ酔いでも目の辺りがはれぼったくなっているのだが、今日はほとんどシラフと変わらない。噂以上のウコンパワーに恐れ入る。ドリンク剤よりよっぽど安いし、年度末の飲み会ラッシュは、このウコンとマリアアザミで、肝臓さまにはどうか穏やかに乗り切って欲しいものだ。
▼就寝前、またヤフオクでホーロー看板画像収集。数日前に見たばかりなのだが、けっこう増えている。しかし商業看板はともかく、電信柱とかに貼ってある地名看板とか、昔玄関先に貼った金属製のNHK受信プレートとか、電話番号板とか、そんなもんまで出ていて、果たして買う人がいるんだろうか。地名ものとか、「山火事注意」のものとか、勝手に引っぺがしてないだろうなオイ、という気もしてくるのだが。またあまりに出来がお粗末で、一発で「絶対捏造品だな、型の上からローラー当てただけだな」と丸分かりなものも。しかしこれだけ個人・業者問わずに出品されているのを見ると、そりゃあ田舎からも看板が凄い勢いで無くなってる訳だよ、と納得。
▼こうしたものに心惹かれるのは、現在のグラフィックデザインにはない、フォントやデザインの画一的でない味わい、またモダニズムの力強いデザインワークの魅力が大きい。結局はそれを「なつかし」とか「レトロ」という言葉にまとめるしかないのだが、今見て魅力的に思うのは、決してそれらが「レトロであろう」としたからではなく、その時代時代で「モダンで印象的なデザインであろう」「商品の性質や利点をデザインに表そう」という気概が伝わってくるからだと思う。いずれにしろ、今見られる看板は、大規模店舗の道案内的なもの、あるいは以前多い金融ものだ。しかも、相当デカい物が多い。徒歩・自転車やバス待ち客が多かった昔ならば、両手で持てる程度の看板でも効果的であっただろうが、車社会、高速移動手段がメインになった現在では、もはやそれらのサイズは視認される事自体が難しいからだろう。
▼うちの近所にある、さして珍しくも美品でもないブリキ看板も、知らないうちになくなっているかもしれない。70年代帳な店名ロゴも、明日に改装が始まるかもしれない。そんな事を思い、ちょこちょこデジカメに収めておこうかと思う。史料価値があるとも思えないし、限りなくジャンクに近いものなので、ページにして公開するような事にはならないと思うが。こうしたものは、国道沿いなどにはまずないので、徒歩か自転車で回って集めるしかない。住宅地の地理は空くが苦手な私には、疲れるよりも先に迷子になる危険大だが。
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3/16(Tue)
▼昨日決定した五輪代表女子マラソン選考結果で、「どうしてQちゃんが選ばれなかったの!!」と納得いかない人が、なんだか相当いるらしい。1国3人まで、という動かせない枠があり、明確な国際基準記録があり、設定された期間中にその条件を満たせなかったのだから、妥当な結果なのだと思うが。「過去ではなく、その時点で国内ベストの結果をあげる事が出来る選手」を選考したのは、明快かつ透明で、評価されてしかるべきではないだろうか。野球でも柔道でもレスリングでも、あまたのスポーツでは、「悔やみきれない一つのミス、ただ一球」で強豪がまさかの敗退・選考漏れになったり、実力も評価も充分でありながら、枠やカテゴリの事情で潰しあい、涙を飲んだり(先日の女子レスリングの例のように)することは珍しくない。そこにスポーツ(観戦)の醍醐味の一つがある筈だ。極端な例だが、甲子園常勝の強豪校が県予選でまさかの敗退を喫したからといって、「今回結果は残せなかったが、これまでの実績と経験を鑑みて県代表に決定する」なんて判断はありえないし、高野連にそんな抗議をするバカもいない(筈)だろう。過去、マラソンに限らず様々なスポーツで、実績とか経験とか、果ては競技連盟との折り合いなどの不透明な要素で代表が決められる事が何度もあったが、それをスパッとカットしただけでも大きな意味があると思う。もし、そういった理由で土佐なり坂本なりが落とされていたとしたら、そっちのほうがよっぽどイヤな後味だったろう。
▼高橋を評価する要素「実績」を否定するわけではない。世界の強豪と戦い、そして勝ってきた。それは素晴らしい結果だ。実績は「経験」として、ランナーの血肉として蓄積されているはずだ。経験を積んだベテランの真価の一つは、「調子の悪い時やスランプにあっても、なんとか結果を出す」ことにあると思う。先日の東京国際では、ただタイムが振るわなかっただけでなく、ガス欠に陥ってしまったという事実にベテランの凄みを感じなかったのは事実だ。もっとも、凄みを感じさせなかったとしても、どのランナーもその時点でのベストを尽くして走ったわけで、誰が悪いというわけではない。一度の敗戦が高橋の過去の業績を消し去ったわけでもないし、ランナーの未来が失われたわけでもない。。高橋は勿論、土佐や坂本も、ベストを目指して力を出し、その時点での結果を残したというだけだ。「五輪に出たい」という思いは勿論あっただろう。アホなのは、そのモチベーションを、「高橋を蹴落とそう」と置換する「Qちゃん狂信者」だ。
▼報道によると、陸連には「なぜ高橋を落とした」「選考基準を説明しろ」いう抗議の電話が相次いでいるらしい。まあ、決定を直接下した機関だから、陸連が説明するのはいいとして、「土佐礼子への嫌がらせ電話がひっきりなし」というのは何なんだ。オーディションか何かと同じ感覚のバカだろうか?あげく、土佐の所属先である三井住友海上のコールセンターにも、「『なぜ高橋選手が選ばれなかったのか』と抗議めいた電話が数件あった」(mainichiのニュースサイトより)に至ってはもう。
「保険の相談センターに」
「オリンピック選考基準を問い合わせる」。
うのせけんいちの漫画にだって、そんな頭のいかれた人間は出てこないだろうに。陸連には、「選考選手に危害を加える」果ては「爆弾を送りつけてやる」などの脅迫電話も来ているそうだ。脅し文句だけにしたって、それってテロだろ。普通に。
▼なんだかなあ、土佐はじめ他の選考選手や陸連の迷惑は勿論、当の高橋の名誉も貶めるような行為でしかないと思うのだが。おそらくこういう手合いは、マラソンファンでもスポーツファンでもなんでもなく、単にメダリスト、もっと言えば金メダルが好きなだけなのだろう。痛々しいな、と思うのは、たとえ代表選手がどんなに健闘しても、記録を出しても、金メダルで無い限り、「だからQちゃんが出ていれば良かったのに」と多くの人から言われるのが分かりきっている、ということだ。これはきっと、野球代表の後継監督が、金でなければ「長島さんだったなら」と非難されるのが容易に予想されるのと同じだ。どちらも「国民的ヒーロー」の後光が強烈なだけに、本人の咎でないトバッチリも相当ということだろう。
▼それにしても、小泉の「もう一人出れないの?」発言は、本人はギャグのつもりなんだろうがあまりにもバカっぽかった。大泉洋のお父ちゃんの「なんとかインチキできんのか」とは訳が違うんだから。というより、マラソン代表選考の感想を一々首相(腐っても)に質問しに行くこと自体、意味がわからん(以前の「感動した!」がらみなんだろうけど)が…
▼もっとも陸連が事前に提示していた選考要素が曖昧だったのは事実だ。「メダル獲得の可能性」という言葉の中に、「過去の実績を考慮」というニュアンスが多分に含まれていたことが、いらん不透明さを生んだし、「3人を選考するのに4つのレースを設定していた」こともそうだ。アメリカ式がベストとは言い切れないが、国内選手の一発選考レースで、同じ条件のもとで争うというのは、やはり透明度の点では優れているのではないかと思う。陸連の内部も、大部分が「高橋を選びたい」というのが本音だったらしい。いっそ最初から「高橋枠」を設け、あと2つの椅子を争わせていれば、という意見も多いが、それはそれでやっぱりスッキリしなかった(まあ、今回のように変な紛糾はしなかっただろうけど)のでは。
▼ところで、マスコミがあまりにも「高橋落選」ばかり報じているので、女子はともかく、男子選考選手については全くのノータッチだな。名前だけでなく、もっと色々と知りたいところなんだが。
▼麻原の三女・アーチャリーが和光大学から入学拒否された件、仕方が無いと思う。「希望をもたせるなら試験で落とせ」という考えもあるが、センター試験だとこういうこともあるだろう。「犯罪者の娘だから」と考えると非常な処置に思えるが、彼女は教団幹部で麻原の承認を受けた後継者でもあることを考えると、「元信者の子供が転入拒否」などの事例と同じレベルで考える事は難しいのでは。今はどうか知らないが、数年前は同大学にはオウム(アレフ)のサークルがあったし、下手して大学がアレフのサテライト拠点に化けた日には一大事だし、今度は信者の入学をどうするかで悩むことになる。そっちは「信教によって入学拒否」だから、問題はさらに大きくなる。何より、来年から受験志願者が激減する事は火を見るより明らかだし、どの私大も財政難な中、受験料収入が望めないのではたちまち破産だ。冷たい言い方だが、「本当に勉強したいなら、放送大学という手があるよ」としか。
▼本日は午後〜夜まで仕事。3時間の講座×2は、体はそうでもないけど目と舌が疲れる。帰宅してからサッカーの結果を知る。UAEを下して、バーレーンが来るとは意外だった。レバノンがもはや「一人サンドバッグ」状態だから、バーレーン戦では平気で5点でも10点でも献上してしまいそうで、なんか不安。
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3/15(Mon)
▼夕食の買い物に出かけるのは全然かまわんのだが、午後五時も回ってから、メニュー決定込みで頼むのはやめてくれませんかトメ(=姑・義母)さん。もーホントに。6時半頃にばーちゃんにご飯出さなきゃなんないとわかってるんですから。一番近いスーパーでも車で10分はかかるんですから。ところで一昨年、年齢×万円かけて獲得したあなたの免許証は、今年も休眠するんでしょうか。謎です。と、どうしようもない愚痴を言ってみたくなることだってあるさ。
▼13日の日記に書いた「キリスト看板」だが、Feliceさんによれば、「ドイツのノイシュバンシュタイン城にもアレが打ち付けてあって驚いた」(Magmell 日記より)そうだ。稀代の名城にそんな大それたことして大丈夫か。そっちのほうがよっぽどさばきにあうような気がするんだが。
▼(追記:よく読み返したら、城そのものではなく「城の麓の土産物屋の前」でした…Feliceさんすみません…
▼相方は教科の飲み会で泊まり。溜めていた日記をガバガバと書く。ずいぶん日が経ってからこんなに大量の文を書いても、もはや日記でもなんでもないし、もはや誰が読むでもないと分かってはいるけれども。
▼「どうでしょう」は「絵はがきの旅2」の2日目。「山伏ホラ貝5点セット」に、大泉さんは戦々恐々としていたけれども、あれは実は、「出羽三山」とはいっても、羽黒山だけで全部撮影できてしまうので、実はそんなに恐ろしいものではない。(ガチンコに出羽三山で、月山山頂なんぞが映っていたら明らかにアウトだったが)確かに便利なロケーションとは言いがたいが、庄内空港を上手く使えばそんなに大変でもないだろうし、石段を登る考えさえ起こさなければ、神殿の近くまでは車で行ける。羽黒山のどうでしょうご一行なんて映像も、見たかったな。
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3/14(Sun)
▼最新号の「Number」に、久々に日本郵船の「チャレンジ!フネ」キャンペーンの広告あり。
相変わらずチャレンジャブルなフネさん、今度はモーグルにチャレンジ。しかも着物に割烹着でチャレンジ。フネさんのチャレンジはどこまで行くのか、最後まで見届けたい。
さりげなく顔にタマのペインティングを施しているあたりも芸が細かい。
▼昨夜夜更かししたもので、70%くらい寝ながら見ていたデカレンジャー。当然内容はよく分からなかった。残念。今日は相方が朝から晩まで不在なのでつまらず、ほとんど昼寝で時間を無為に潰してしまった。時間を無駄遣いした罰か、大学時代に過ごしたアパートで、中身ギッシリのゴキブリホイホイ(しかもなんかまだ動いてる上に、15cmくらいのゴキ在中)を片付けるという気色悪い夢を見る。ちなみに先日は、家の中に紛れ込んだネズミをスリッパで叩いたらあっさり死んだのだが、死ぬときにフンを思い切り撒き散らされて(多分このあたり、「七色いんこ」で、いんこがノイローゼの時に出てきたフライデーのイメージなんだと思うが)、それを半泣きで拾って片付けるという夢を見た。心の奥底に、何か非常にヤバい滓でも溜まっているのだろうか。
▼夜、K-1を見る。メインイベントがサップVSスミヤバザル(朝青龍の兄)で、1R、スミヤバザル主導で終わったのちに、右足付け根の痛みを訴えて結局スミヤバザルが棄権という結果。が、その試合が始まる前の別の試合の時に、TV局スタッフのミスで「スミヤバザルに何が起こったのか?」というテロップが流れてしまい、見る前から試合の結果がバレてしまうという超お粗末な始末に。思わず大失笑。サップはしきりに「本当に戦いたいのはスミヤバザルではなく朝青龍」と挑発していた。角界の精神的土壌やしきたりに馴染めないでいる朝青龍を見ていると、相撲より総合向きなんじゃないかとは前から思っていた。ストレスが爆発して、おかみさん蹴っ飛ばして部屋を飛び出す(って例ももはや古い話になってしまったが)前に、総合に来た方が彼にとって楽しいんじゃないかという気がしないでもない。
▼同大会で、実に久しぶりにスティーブン・ウィリアムスの姿を見ることが出来たのだが、K-1史上稀に見る秒殺であっけなく退場だったのは残念。せめて1Rくらいは見たかったが、まああそこまでバカ正直に向かって行ったのではいたしかたない。
▼「新撰組!」話は確実に進んでいるものの、まだまだ江戸ステージ。飲み屋のシーンで、山本太郎(原田佐之介)が、一瞬ではあったが、猪木のモノマネを披露。もちろん首には赤い手ぬぐい。こういうお遊びには思わずニヤニヤしてしまう。作中で、清川八郎を「彼がもし戦国時代に生まれていたら天下を取っていただろうと言われている」と評しているが、何ぼなんでも褒めすぎだと思うが。
▼超多忙な相方がホワイトデーなど覚えてはいないだろうと覚悟していて、わざとソレ関係のことは何もいわないでいたのだが、帰りに調達してきてくれて、チョコレートアソートを貰う。忘れないでいてくれたということが嬉しかった。
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3/13(Sat)
▼「プラネテス」、年明けにはまさかここまでヘビーな展開になるとは思わなかった。今回のラストでそれが一つの頂点に達し、爆発したハチのセリフで終わる。あのセリフがまさかこう使われるとは驚いた。クライマックスに近づいて盛り上がり、様々な人物の内面が掘り下げられてきた分、相変わらずヤイノヤイノと五月蝿いタナベの「愛」とかヒューマニズムの薄っぺらさが浮いて見える。原作の、「何でかわからないが、人の心の大切なことはほとんど『分かっちゃってる』」タナベの「実にサバサバした博愛」を知ってしまうと尚更だ。
▼それにしても、「シングルモルトダブルで12杯」(おそらくオゴリ)ってのは男前過ぎでいいぞ、エーデル嬢。
▼「ふたつのスピカ」、大事な話が続いてるのに、ここ数回の作画のひどさに萎える。どうしてこのアニメ、回想シーンの作画はいいのに、現在パートの作画がダメなんだろう…
▼前にも何回か書いたのだが、レトロな広告デザインが昔から好きで、特にホーロー看板なんてのは一番のお気に入りだ。実物をコレクションしている方も沢山いるのだが、あれはやはり、町並みがあって民家のたたずまいがあって看板があって初めて完成した眺めとなるのでは、と思っているので、実際に通りすがりに眺めるのが一番楽しい。しかし、区画整理や家屋老朽化、世代交代などで古い木造民家の解体が進んでいる上に、コレクターや業者も買取を行っているものだから、田舎町からも姿を消す一方だ。そんなわけで、もっぱら看板を扱ったWebサイトを見たり、写真を収集して眺めて楽しんでいる。もっとも効率的な収集先はヤフーオークションだ。多数の物件が、たいてい写真付きで出品されている(「ホーロー」「看板」などのキーワードで検索するといろいろ出てくる)。出品されているのはそれだけ買う人がいるということで、興味のない方は、「なぜそんな錆び錆びのガラクタに何千円・何万円もの値段がつくのか?」と理解に苦しむかもしれない。ホーロー看板だけでなく、空き缶や箱なども色々出ており、中には私も「買う人がいるんだろうか…」と首をかしげる物件もあり、誠に奥が深い。状態やバージョンなど様々なので、ほとんどに写真がついている。それをローカルに保存して、一人で眺めて楽しむわけだ。
▼看板は壁や柱から外され、屋内や台の上で撮影されているので、先ほど書いた風情は失われているが、様々なものがあり、写真も比較的鮮明なものが多いので、便乗画像コレクションには充分。マーク部分の拡大がついていたりするのも嬉しい。現在ある商品だけでなく、もう存在しないメーカーや、今は作られていない商品などもあり、そこも看板を見る楽しみの一つ。例えば、自転車や綿・学生服など、かつては多くのメーカーが作っていたし、「トヨタ洗濯機」「トヨタミシン」などという意外な製品もある。勿論ロゴや絵柄のデザインなども魅力。TVが普及して、また様々な業界で大手への吸収合併などが進み、今では一部の金融系を除いてほとんど姿を消したのが残念。
▼驚いたのは、「コレクターにはけっこうな値段で売れる」ということで、この手のホーロー看板、中国などで偽造が行われているという事実。適当に古い鉄板に、テクスチャの厚い塗料でいかにもそれっぽく塗ってあるらしい。それだけ市場が案外広いということなんだろうか?「年代の割に妙に美品」「満州時代のもの」と銘打ってあるものなどが要注意だとか。なんともはや。
▼看板といえば、ホーロー広告看板と違って割と数が残っているのが、「死後さばきにあう」でおなじみの、聖書みことば看板だ。黒・白・黄色の三色と太い文字を使いこなし、通行人に頭ごなしに「お前は地獄行きかもな!」と怒鳴りつけるぶしつけなソレは、いまだに各地で見かけることが出来る。で、世の中にはこういうものをまとめているサイトもあるのだ。「青龍郵件」さんの1コーナー、「キリスト看板展示室」である。各地にあるキリスト看板のあれこれを網羅し、また「あれを取り付けてる団体はそもそも何なんだ?」という疑問も解明してくれる。看板以上に興味深いのが、同コーナーにある「キリスト印刷物」のページ。記憶にある方も多いだろう。小学校や中学校の帰り道、唐突に配られた横長の小冊子を。その看板にもまして頭ごなしな内容、凄まじく濃い割にデッサンの崩れた変な劇画調の絵。トラウマになる隙も与えずに、全国の小学生を爆笑の渦に叩き込んだ小冊子群、それがキリスト印刷物。私も、「変なモノ日知録」を立ち上げた折、「手元にあれが残っていれば絶好のネタになったのに」と臍を噛んだ、あの印刷物の数々が、ここで見ることが出来る。ありがたやありがたや。
▼特に同級生の間で話題になったのは、「人の犯す罪悪」の一例として、「子供をおろすこと」があり、そのシーン(同コーナーの「創り主」参照)だった。産婦人科が堕胎したあとの胎児(まだ動いてる)を片手で持ち、看護婦が広げているゴミ袋に捨てようとして、「処分してね」と言い、看護婦が「はい、先生」と答えているコマで、さすがに気分のよくない一コマだったのだが、今見ると、堕ろした子供の大きさが、一丁前の新生児ほどもあり、「オイオイ、そんな大きさになる頃には病院でおろせなくなってるって!」と突っ込まずにはいられない。
▼各クラスに数人、教会に通っているキリスト教信者の家の子供もいたけれど、こういった冊子やキリスト看板から大多数が感じたイメージは、(もちろん子供のことだから、キリスト教と一口に言ってもさまざまな団体があることなどは知らず)「キリスト教って、何ともコケ脅しで胡散臭いよなあ」というものだった。子供心に、「これってどう考えても、普及に逆効果だよな〜」と思った、そんなことを色々と思い出したながらも爆笑していた。
▼ここのところ録り忘れる事が多かった「鉄腕アトム」、山形では(放送が遅れているので)「革命前夜」。ラストに向けて、「これほどロボットに対して傲慢で自分勝手な人間に対して、アトムはどうする?」という展開で盛り上がり始めた。忘れずにフォローしないと。
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3/12(Fri)
▼日記をいいかげんに更新しなければ、と思っていたのだが、結局は歌詞の書き起こしとそっちの更新で力尽きてしまった。とあるサイトで視聴した、浦辺粂子の「わたし歌手になりましたよ」が強烈すぎ。オマリー様に劣るとも勝らないダイナマイト歌唱力(歌と呼べるかどうかも疑わしいのだが)の破壊力に、三半規管がどうとかいう以前に、耳がトロ〜リとろけて壊死しそうになる。お亡くなりになった人を貶すような事を言うのはいけないとは思うのだが、一体誰が買ったんだろう、このレコード………
▼Flashゲーム「Doom Funne Chasers」を、なんとなく思い出してプレイしてみる。弓を引く要領で球体(星?)を射出し、ブラックホールに入れてステージを進んでゆくゲーム。ブラックホールだから勿論吸引力があるので、クリアするだけならば、近いところに適切な勢いで飛んでゆくように調整してやればいい。ステージが進むと、ブラックホールの間を邪魔するようにいくつか星が登場する。星はそれぞれ引力を持っているので、それに引き込まれて、途中でその星に落下してしまわないようにしなければいけない。ゲームの得点は、
移動距離*レベル(ステージ数)/試行回数
で決定されるのがこのゲームの肝。つまり、ダイレクトにスポッとブラックホールに投げ込むのではなく、「ゴールまでの飛行距離をいかに多く稼ぐか」が重要となっている。1回で決めても、直線的にゴールに吸われるのでは得点は微々たるもので終わってしまうのだ。
▼では、どうすれば距離を稼げるか。それは障害物である星の引力を利用することにある。吸い込まれず、引力の影響を受けずにすっ飛んでいくほど遠くもない距離に放ってやると、玉は惑星となって、軌道を描いて星の周りを運行する。回りながら、軌道は微妙にずれてゆき、ブラックホールの吸引力の及ぶ範囲に到達して初めて吸い込まれる。これが理想のパターンだ。惑星の描く周回軌道は美しく(昔縁日などで売られていた、プラスチックの穴のあいたプレートに歯車パーツをはめ、歯車パーツの穴にペンを突っ込んで回すと、綺麗な図形がかけるおもちゃがあったが、アレを思い起こしてもらうとよい。)この美しさを愛でる事こそが、このゲーム最大の魅力なのだ。
(具体的には、レベル3のステージで、(23,57)の座標で玉を放ってもらうとよく分かるだろう)
▼2chには攻略用のスレッドがあり、先人たちの功績により、その時点でベストと思われる解法(最適の座標)が公開されている。ただし、上手くいくと総スコアで数億点にも達するものだから、惑星がグルグルしている時間も半端ではない。全25ステージを終えるには、実に2〜3日ほどの時間グルグルしっぱなしとなるのだ。ここまで来るとマターリにも程があるってもので、スレの中にある
「暇つぶしの為のはずのゲームで暇を持て余す珍奇な現象が発見されたスレはここですか?」
というレスはまさに言いえて妙。さらに同スレの
「重力に魂を引かれている人たちのスレはここですか?」に至っては、もう絶妙。
*「鉄腕バーディー」4 ゆうきまさみ
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3/11(Thu)
▼朝刊で、酒鬼薔薇事件被害者遺族と、加害者両親の手記を読む。遺族の手記は何度読んでも痛ましいのだが、問題は加害者両親、特に母親の手記だ。この母親は以前にも手記を出版していた。「何でアレの母親に小遣い銭をやらにゃならんのだ」と思い、読んでもいなかったのだが、それを読んだ人は、「この人は当時からトンデモだった」と言うのだが、その意味を初めて知ったような気がする。
▼まず「ハァ?」となったのは、次の文だ。
2002年5月23日、仙台に面会に行ったとき、長男の様子を見て、とっさに判断し、前から胸につかえていたことを聞きました。長男の顔をじっと見て「冤罪ということは、ありえへんの?お母さんは直接あんたの口からはっきり聞かんと、納得できへんね」。私は泣きながら聞きました。すると長男は、私の眼をじっと見て、涙を浮かべて、下を向きながら「ありえへん」とひと言答えました。
「それが母心というものだ」と言われればそれまでだが、いろいろな意味で呆れてしまった。
まず、少年審判の席において、元少年は自分の行為を認めており、両親もその場で「あんたの口から」聞いている筈なのに、しかも2002年になってから、何を言ってるんだろうか?
Web上には、「彼の無実を主張するサイト」もあったりするので、余計に「冤罪」の可能性にすがりたかったのかもしれないし、こう書く事で、「息子は確かに自分の罪を自覚しています」とアピールしたかったのだろう。しかし、普通の神経を持っていれば、不特定多数の目に触れ、何よりも被害者遺族が読むことが分かっている文章に、書く必要のあることとはとても思えない。
母の愛とはそうした条理を越えるものだと、認めてみよう。それにしたってやはりこの部分は場違いなのだ。この文は、加害者の更正状況と取り組みの報告とともに、これからの償いや決意を表明するためのものだろう。その中で自分たちの親子愛をアピールする必要がどこにあるだろうか?(こーゆー事を書くと「だから小梨は人の心がわからない」と陰口を叩きたがる人とかいるんだけどね。)同様に
長男から「お父さんとお母さんの子どもでよかった。産んでくれてありがとう。お母さんを悲しませるようなことは二度としません。ごめんなさい」という手紙をもらったときは涙をボロボロ流しながら読みました。親としていちばんうれしい言葉でした。
なんてのも、文の趣旨を考えれば、「誰も聞いてねーよ」という蛇足でしかないのだ。「親としてどう思ったか」じゃなく、「こういう言葉を出せるようになったのは、院の生活と教育によって、これこれこういう心の変化が起こったから」という書き方なら分かるんだが。
▼もう一つ気になったのは、
何度も死にたいと思いましたが、もし、私たちが死ねば、被害者の方々、ご遺族の怒りや悲しみを受け止めるのは、長男以外になくなる。何よりも、どうしてこのような事件が起きたのか、真相を究明する妨げにもなる、それこそ、もう1つの罪かもしれない。生きながらえて、悲しみや怒りを受け止めなければならないと思いました。
という部分。文自体はいいんだが(「怒りを悲しみを受け止めるのは、長男本人であるべきでは」というツッコミどころはあるとして)、この部分、父親の手記とほとんど同じ文言で重複している。読むものとしては、「ただ父親の文をコピーした」としか思えない。反省文丸写しである。学校では「反省の色無しと見て自宅謹慎一日上乗せ」は固い。
でも年齢は21歳ですが、本人の中では14歳で止まったままだと思います。
被害者は、お宅の息子の手によって、物理的に・永遠に、小学生のままで止められてしまったわけだが。
「本人の中で14歳で止まってる」のならば、更正も進んでないと読むことも出来るわけだが。
何より、この文を読んで遺族がどんな気持ちになるか、普通は容易に想像できるわけだが。
▼突っ込もうと思えば全センテンス突っ込める文章で、これを公開できる神経が理解不能。父親の手記にしても(母親よりは数段マシだが)、弟のバイトがどうとか、「書く意味あんのか」という内容がてんこもり。「トンデモな親だから犯罪者の子供が生まれる」とまでは言わないが、少なくとも、保護観察期間が終了しても、元少年はこの親の下には帰らないほうがいいんじゃないか?とは思う。いやホントに。
手記他によると、この母親にはこんな行状もあったらしい。(コピペだが)
1.野良猫を撃つためエアガン購入
2.事件発生以前、サカキバラが小動物殺しを続けていたのを 近所の人が注意しに行ったら
ブチキレて「ウチの子はそんなことしませんっ!」と怒鳴る
3.息子が女子生徒の上履きを焼却炉に入れたことで学校に呼び出されるも、
「女の子は口がありますからねえ」と、全く反省の色なし。
4.J君捜索のとき、留守番と称してさんJ君宅に上がり込み、たまごっち3匹の飼育を始めた。
その後、場違いな息子の自慢話を延々と始め、追い出された。
5.葬儀の時、子供の無残な死に顔を見られない被害者の親に
「最後やねんからちゃんと見たり。”なんぎやなあ”」と言った。
6.2002年の面会で「冤罪ということは、ありえへんの?」と暴言。
7.「私たちは未だに信じられなくて混乱してて弱って寝込んでるのにイタ電かかってくるし、
マスコミは押しかけるし弟たちは学校行けないし、スーパーにも行けないし
本当に困りました」 てな手記を執筆。被害者家族にも郵送。
8.本の印税を被害者に渡さない言い訳として「弟たちが大学に入る費用がいるから」
実際はその6600万円以上の印税はH県の新居に使われたという。
9.民事裁判で被害者への賠償として億超えの判決が出るが
「毎月2万円ずつ払います(500年ローン)」裁判官に叱られる。
▼元少年がどこに住んでいるか、現在名乗っている名字は何か、ということについて、「関東某所」「実は発表前に退院して大阪に住んでいるらしい」など、様々な情報が乱れ飛んでいるが、特に決定打は無い模様。(注:何度か挙げられていた「技術士試験合格者名簿」にあった名前は単なるトバッチリの別人。そもそも元少年は受験資格を満たしていない。)別にどうあっても知りたい、とは思っていないが。で、2ch削除要請板では、(本当にそうなのかは確定できないが)「法務局の吉岡さん」なる人物が、「このスレのこのレスは、少年事件のプライバシーを侵害するものなので削除してくれ」と要請を続け、それによってかえって元少年と思しき人物の名前や情報が容易に検索・読めてしまうという、珍奇な事態が発生している。しかも要請書式やルールを守っていないためにほぼ放置の状態な上、スレッドを乱立させてしまってるので、さらにとんでもない状況に。
(3/11 削除要請板スレッド一覧のスクリーンショット)
通常、こういう状態を「荒らし」というような気がするんだが…
▼吉岡氏が実在するのかどうかはともかく、法務局も、「元少年のプライバシーのために情報を伏せる」というなら発表前に徹底的にクリーンアップしなければ手落ちというものだろう。騒ぎになってから、ネットや2chのせいにしたってどうしようもない。話題になっているのは既に存在したWebサイトに公開されていた内容であり、まして通常の検索にヒットするものだ。アングラでもなんでもない。本当に加害者の人権に配慮するなら、退院前に検索を徹底的に行い、ヒットしたサイトの管理者なりサーバー、または検索エンジンなどに、ページやキャッシュを削除するように手を回しておくのが当然だろうに、なぜそこまで気を配らなかったのか、そっちのほうが不思議でならん。
▼スペイン・マドリードの列車テロのニュース。爆破されたアトーチャ駅は、新婚旅行の時にAVEに乗る時に立ち寄ったことがある。駅舎の中に植物園のある、美しい駅だった。この時点ではテロ実行犯の組織は特定されていないが、利用者の多い駅だけに死傷者の数も半端ではないようで、痛ましい限りだ。
▼今日の朝刊には、先日実施された高校入試問題も掲載されている。一通り目を通してみたが、国語は題材が実にオーソドックスで、数年前のように若年におもねった小説ではなく、また選択肢も判断の基準が良く分からないようなものもなく、けっこう良問だったと思う。他の教科はやはり、文章を書く問題の多さとともに、文章題の長さが増す傾向も変わらず。特に文章を読む(まとまった文章を集中して、できるだけ速く的確に読む)力がより強く要求されていると感じた。日頃本読んでない生徒には厳しいか?
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3/10(Wed)
- ▼久しぶりに、ブックマークにあるFlashゲームでもやるか、とプレイしていて、ついでに人気ランキングのTOP10にある「Fruit Smash」も気になり、プレイしてみる。これも消しパズルゲーだが、名前の通りコマが果物で、消すことでこれを潰し、ジュースを作る。1ステージは1分という時間制限があるのだが、ジュースが一定量ゲージに溜まり、満杯になるとステージクリアで、引き続き1分の時間が与えられ次のレベルに行ける。有料キーを購入しないと上限が15レベルに制限され、また便利なオプションも使えないのだが、普通に消すだけでも充分楽しめる。消し方は「Zoo Keeper」と似ているのだが、こちらは消した分の新しいコマが横からスライドインしてくるので、勝手に連鎖が起こりまくって爽快。コマを消すときのSmash音も気持ちいい。時間的にはシビアなので、コンボを先読みしている余裕はなかなか生まれないのだが、場当たりに消していくだけでそこそこコンボする。今のところ13レベル辺りが壁。運次第なんだろうけども。
▼かつて「酒鬼薔薇聖斗」と名乗った元少年が、医療少年院を退院したのが、やはり本日一番のニュースだろう。本来であれば、「退院した少年の状況を公開する」こと自体は一つの進展なのだが、結局は公開できない要素が多いため、かえって日本中の不安を煽る結果になってしまったように思う。「あれほどの猟奇殺人をやってのけ、『性的サディズム』と判断された人間が、6年半程度で野に放たれていいものか」「その期間で本当に更正できたのか」「そもそも『性的サディズム』は性癖であり、『治療』できるものではないのではないか?」といういくつもの懸念がぬぐえない人間の方が多い。しかも、「名前(名字は変わっているらしい)、居住地は公開できないが、近畿以外」に至っては、「あなたの隣に酒鬼薔薇がいるかもしれませんよ〜」(「もしかしたら自分の近くにもいるかも…」と思わせるのは、ホラーの基本だ)としか聞こえない。院側の「異性に性的興味を持つようになったので大丈夫」という判断もどうなんだろう。「性的サディズム素養を持つ、猟奇殺人経験者が、異性への興味を持つようになって(21歳なんて年頃は、一般にはヤりたい盛りだと思うが)野に放たれた」ということだから。しかも元少年は、「あのころのことは幻のようだ」と認識しているらしく、それって自分の犯した罪を自覚し、向き合う覚悟を持ったようにはとても聞こえないんだが。
▼畢竟この問題は、「人間の更正の可能性を信じるか否か」に収束されてしまうのだろう。信じないわけではないが、以前の仕事場でさんざん「空しい反省文」を読まされてきた影響か、もともと性悪説を支持しているせいか、「する奴もいれば、しない奴もいる。前者の可能性のほうが、比べれば少ないだろう」と(個人的には)感じている。少なくとも、「期間的には短すぎるのではないか」とは思う。バラした人数や認識状況が異なるとはいえ、同じような弱いものを狙った殺人を犯して、宅間被告と元少年に課せられた罰の重さのあまりの違いを思うとき、やはり「法の不備」と言いたくなる気持ちを押さえる事は難しい。(そもそも、少年犯罪は正確には「前科」としてカウントすらされない)
▼第三者ですらやりきれなくなるのに、遺族の気持ちはいかばかりか…と思うのだが、出された遺族側のコメントはどれも、つとめて冷静に結果を受け止めようと努力したものであり、トーンも抑え目だった。それだけに痛々しくもあり、一種の高貴さも感じた。愛する家族を理不尽に奪われた時、人間はこうまで厳しい戦いを自分に強いなければ前に進む事が出来ないのだろう。
▼遺族がどうにか納得しようとしているのだから、部外者が騒ぐ筋合いではないかもしれないが、実際問題として、自分の子供の通学路に元少年が住んでいるとしたら?付き合った、または結婚を決めた相手が元少年だとしたら?その事実を知らされずに関係を結ぶとしたら?もしくは、自分の娘が付き合った、結婚した相手が彼だったら、納得できるだろうか?……と想定した時、躊躇・拒絶せずに受容できる人間がどれほどいるだろうか(いや、受容できるならそれは無問題なんだが)。そう考えると、誰しも「危惧の無い生活を送りたい」のは当然のことなのだから、「近畿以外のどこか」なんて発表は無責任、むしろ逆効果というものだろう。これは杞憂に過ぎるかもしれないが、本当に更正して頑張ってる青年が、「年が同じ」「同時期に退院した」「溶接の資格を持っている」というだけで、「こいつ酒鬼薔薇では?」という目で見られてしまう可能性(下の名前が同じだったり、顔が似ていたりしたら最悪だ)…も、無いとは言い切れないのでは?- ▼司法側のコメントだけ聞くと、「社会の誰もが元少年の更正と社会復帰を望んでいる」かのようだが、本当に性根を入れ替えた人間ならまだしも、正直言って彼に関しては、「更正」はともかく、「社会復帰」を望むのは、彼の家族と、構成プログラムに関わった人間だけなのでは?大半の人間は、「一生座敷牢(税金で食わすのも腹立つので)から出てくるな」というのが正直な気持ちだと思うんだが。その辺勘違いして欲しくないな、特に本人と家族には。
▼ニュースを見て、こんな曖昧な発表では、ネットでは騒ぎになるんじゃないか?と思って覗くと、さっそくプチ祭りになっていた。というか、元少年の当時の氏名は、以前からあちこちのサイトに置いてあり、Google検索で(イメージ検索も)容易にできるようになっていたわけだから(3/15にはデリられていたが、少なくとも3/13までには普通に見れた)、別に2chが晒したわけでもなんでもないんだが、早速ニュースにされたりしていた。実名や居住地をつまびらかにするのが正義とは思わないが、どこにいる誰かも分からないのに、「温かく見守って欲しい」、「これから実社会で厳しい現実と戦いながら」という言葉はまったくもってトンチンカンだよなあ、とは思うのだ。
▼院にいる間、衣食住を保護され、技能を身に付けさせてもらい、溶接の資格を取り、漢字検定を取り、出てからはプライバシーを保護され、就職も斡旋され、住む所も世話され。被害者は小学生で時間を止められたままだということを思うと、「加害者への手厚さ」について、やりきれなく感じるほかは無いのだ。
▼うちの県は本日が県立高校入試日。入試の日は、セキュリティ保持のために全員5時30分くらいで強制排出されるので、相方もやや早めに帰宅する。明日の採点に向けて、割り当ての問題の採点基準などを作っていた。ちょっと説明すると、現在の山形県の高校入試では、各問題の配点が全て決められているわけではなく、各学校の教科ごとに話し合って、「この問題には何点を割り振る」という部分がある。また、最近増えている記述問題では、「この部分が書ければ○点」などというように、細かいところまで決めなければならない。これが最初から一律に決められていないのは、各学校の学力レベルなども考慮しつつ、基本的には「できるだけ生徒の考察過程を評価し、点数を与える」という目的がある。で、その吟味をある程度やっておかないと、明日の採点がスムーズに行かないというわけだ。
▼教育課程の変化著しく、小中学校の教育内容に合わせ、「これが正解、これ以外は0点」ではなく、「○○についてどのような事が考えられるか」というように、多様な答えが予想される記述問題がとにかく増えている。問題文も、数学や社会・理科に顕著なのだが、ある場面を設定して、(「○○に社会見学に行ったが」とか「×子さんと▼太郎くんが◆◆について話している問答を読んで答えよ」とか)長めの文章を読み解かなければならないものが多くなった。ので、「考えて、文章にして答える」場面が必然的に増える。そうすると時間が足りなくなったり、余裕もなくなるので、結果「何でもいいから書いとけ」という解答も多くなったりするので、それを評価するのもなかなか大変なのだ。努力を出来るだけ汲み取り、しかし的外れの内容はハネる。現在は情報公開制度の施行で、要請があれば採点基準や、果ては答案までも開示しなければならないので、明確な採点基準を、きちんとした記録で残しておかなければならない。その基準を学校ごとに作るのがホネなのだ。
▼例えば、社会科の問題で、「スーパーに、生産者の名前と写真のついた野菜が売られていた。このような取り組みによって消費者の利益となる事柄として、どのような事が考えられるか書け」というようなのがあった(注:この文章は、翌日、新聞などで問題が一般公開され、かつ合格発表が行われた後に書いています。)考えられるものとしては「産地や農法などが分かり、安心して買える」というような内容であれば妥当なのだが、「誰が作ったのかがわかる(注:実際にあった回答ではなく、あくまで考えうる一例)」などという解答は、事象をそのまま書いただけで言葉足らず。そういうものをどう扱うか?というようなことだ。それだけで消費者利益となるのは…まあ、その店がブルセラショップで、写真と名前つきの商品がパンツとかブルマーとかスク水であれば、写真が大いに商品価値を左右するので正解になるかもしれんが…
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3/9(Tue)
▼日曜日に久々に仕込んだ鳥ハム(ラップ3本、タコ糸2本)、出来る。さっそく朝のホットサンドに。いつもより塩をきつめにきかせたので、ラップ包みのほうはちょっとしょっぱかったが、おそらくタコ糸縛りの方はちょうどいい具合だろう。統一すれば塩加減は同じになるが、ラップ包みの味の濃さも捨てがたいし、さりとてそれだけだとスープが楽しめないので、最近はこういう配分に落ち着いている。スープはあくを取って濾し取り、白菜やキノコ、鳥団子を入れてゆるめのミルクシチューにする。これからだんだん暖かくなると、ハムもスープも持ちが悪くなるので、作る量や使い方を考えないといけないかもしれない。
▼昨日に引き続きQueenのDVD見る。いつものことだが、本来ならば当然演奏者がフレームに納まるべきギターソロやドラムソロの部分でも、カメラがフレディに寄っていることの方が多い。ブリティッシュロック界きっての月見草であるブライアン・メイは、ただでさえ、本当はえらくテクニカルな弾き方をしてるのに、いかにもなアピール(首を振りまくったり、眉根を寄せたり、思いっきり陶酔した表情をしたり)をしないので、「さほど難しい事してない」ように見られがちで損している。その上、フレディが一応気を使って(?)、マイク棒(そうとしか呼びようが無い。マイクスタンドの底の方をとっぱらった例のアレ)を上向けたり、変にしごいたり、手の平に立てて遊んだりしながらもブライアンに寄り添っているのに、やっぱりフレディしか映されていないカットも多々あり、泣けてくる。頑張れブライアン、ちゃんと見てるぞ(映ってないけど)…と、思わず相方と二人で拳を固めた夜。
▼Queenといえば、月9がらみのオムニバス「Jewels」が100万枚突破したらしい。音源は持っているし、何よりCCCD(理由は数日前の日記で書いたが)だし、別に買う理由も無いので気にとめなかったのだが、動機はどうあれ、Queenの楽曲が評価される大きなきっかけになったのはいいことだと思う。が、いくら月9がなければこのCDもなかったとはいえ、一々「月9効果!」とか「キムタク効果!」と煽り文句ばかりが声高に出されて、サウンドの良さに全然触れられてないのが、いかにも「一過性ブームCDとして扱われるんだろうな」という感じがして気分悪い。また、バラエティやスポーツニュースでアイスホッケーの話題が出るたびに、「I was born to you」が流れるのも何かイヤだ。別にあの曲は、アイスホッケーのテーマ曲でも何でもないぞ。ついでに言えば、厳密には、一応、結果的にQueen名義にはなったが元来フレディのソロ曲であり、他のQueenの楽曲と同列で扱うべき曲でもないぞ。
▼長嶋茂雄氏の体調が毎日事細かに報じられている。まるで昭和天皇が伏せってからのようだ。今回はまだ重篤な事態に至らずにすんだから、食ったものぐらいですんでいるが、これがもし洒落にならない事態だったら、マジで体温や血圧が毎日報告されそうな勢いだったんじゃないだろうか。いまだに「早く元気になって、監督としてアテネに行って欲しい」というようなことを平気で言うリポーターとかファンとかいるんだが、殺す気か。息子が「ゆっくり休ませたい」と言ってるんだから、無茶言うなと思うのだが。
▼昨日の、朝田農産会長夫妻の自殺。あの爆笑会見は二度と見られない。自分ちの鶏がインフルエンザもらっちゃったまでは彼も被害者だったのだが、こうまで取り返しがつかずバラ巻く事になってしまっては、やはり「人災の当事者」と言わざるを得ないだろう。だからといって自殺したところで、インフルエンザが治まるわけでもなく、大量の鶏の死骸や糞が消えてなくなるわけではない。マスコミや世間の追求は厳しかったには違いないが、自らの無責任感溢れる言動(しかも養鶏協会の要職にある人物だ)が反感を招いたのも事実。死んで誠意を示すという手段はあるだろうが、地域住民にも同業者にも従業員にも、生きてなすべき事があったはずだ。
▼が、マスコミもマスコミで、中には「マスコミの厳しすぎる追及が夫妻を死に追い詰めたのではないでしょうか?」などとしたり顔で語るレポーターにも虫唾が走った。いかにも「いや、マスコミといっても、うちはそんな取材の仕方はしませんでしたけどね」と、慌てて空とぼけたのがミエミエだったので。
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3/8(Mon)
▼むちんさんと電話していたところに、Amazonから荷物が届く。先日注文したばかりのQueenのDVDとCD、あとは待ちかねた「自虐の詩」の文庫だ。電話後、さっそく一気に「自虐の詩」を読破する。奥付を見ると「3月11日 14版」とあるので、やはり緊急増刷した模様。
▼率直な感想は、「ラストシーンとか、ツボのシーンとか、そういう予備知識無しで読みたかった!」だ。BSマンガ夜話のあの大絶賛の嵐を見ていなければ注文していなかったのだから、まったくもって矛盾した感想なのだが、幸江の手紙(これは放映より以前に、とある本で読んでしまっていた)とか、熊本さんのシーンとか、知っててもこれほど沁みるのだから、何の情報もなく読んでいたならどエラい感動だったろうな〜、と思ったからだ。勿論、知ってはいても、後半の怒涛の展開には鳥肌ものであり涙ものであった。本当に、マンガ界にひそかに起こっていた奇跡であり、宝石のような作品だと思う。
▼主人公の森田幸江は、漫画史上稀に見る、幸薄そうで華のない女性だ。目は細く(いつも線で描かれる)、頬はこけて飾り気もなく、実際の年齢(おそらく33〜35歳くらい…物語のラストで、中学時代のことを「20年ぶり」と言っているので)よりずっと老けて見える。漫画記号的にはハッキリ言って「ブサイク」の範疇に入る。籍は入っていないが、一緒に暮らすイサオという亭主がいる。以前はいっぱしのヤクザだったが、足を洗って幸江と暮らし始めた代わりに仕事もしなくなり、ギャンブル・ケンカ・パチンコ三昧の日々。気に入らないことがあるとすぐちゃぶ台をひっくり返す。幸江は定食屋「あさひ屋」で働きながら、一人で暮らしを支えている…というのが基本設定。これだけ書くと単に「『幸』江という名だけど不幸な私」というだけのネタ(→注)だと思われそうだが、この二人の間にはちゃんと「愛」が溢れているのがこの話の凄いところ。例えば、イサオはちゃぶ台はひっくり返すが、幸江に手を上げることはないし、ぶっきらぼうで徹底的に甘い言葉を言わないのも、照れであり面倒くささであり、彼の中では「言葉にするまでもないこと」だからだ。もっとも私も実際に読むまでは、「そういう関係の二人のどこに愛があるんだろう?」と半信半疑だったのだが、読んでみると愛が充満していて恐れ入ったクチなんだが。前半はほぼ、こんな二人の日常と、幸江のオノロケに終始する。
注:「自虐の詩」は当初、幸江とイサオの物語ではなく、数人が登場するオムニバス4コマだった。それが徐々に幸江の物語に特化したシリーズに変化していった。幸江がもともとは「不幸な人その1」でしかなかった事を考えると、「名前に『幸』と付いているのに実際は(外面的には)不幸な、『名前コールド負け』という一つのギャグ」という位置付けだったのだと思う。また、後半に出てくる様々な設定も後付けなのだろう。初期のネタに、「昔の同級生と会って、『2年前の同窓会で会って以来』と語り合うシーン」があるのだが、後半明かされる幸江の境遇を考えると、同窓会に出る事は無理だろう(その後、別の土地で定時制にでも通ったと考えればアリかもしれないが…)。
▼後半、幸江が自分の過去を回想するシーンが多くなり、彼女の生い立ち、そしてイサオとの過去のロマンスが明らかになるにつれて、作品は「神の領域」に突入する。幸江の母はまだ幸江が幼いうちに逃げてしまい、彼女には母親の顔の記憶がない。父親はといえば、ロクに働かず、酒とバクチに溺れ、小学生の幸江に新聞配達や内職で働かせ、自分はその金を巻き上げてパチンコへ…そう、実はイサオと似過ぎるほどに似ているのだ。勿論ことあるごとにちゃぶ台をひっくり返す。真性のロクデナシなのだが、幸江を殴ったり、精神的にネグレクト(経済的にはものすごいネグレクト、っつーかむしろ依存だが)しないあたりもイサオと似ている部分がある。貧乏で身なりが汚い幸江には友達が少なく、孤立しがちな日々を送る。「母から捨てられた」というトラウマに起因する、「他者から愛されたい」という思いがエスカレートし、友達の気を引くためにと生活苦のために万引き常習犯となってしまい、事実が発覚してさらに孤立することもあった。
▼中学に入った幸江は、熊本さんという同級生と出会う。熊本さんは、幸江に輪をかけて貧乏で、ガサツではあったが、どれほど同級生や教師にいじめられても堂々とし続ける強さを持っていた。境遇と心情の多くの部分を共有する幸江は、初めて友と呼べる人物を得る。一方、彼女の欠席の間、幸江はクラスの美人優等生・藤沢さんから優しくされ、彼女のグループから受け入れられる。その幸せを失いたくない幸江は、久々に投稿してきた熊本さんを裏切り、傷つけ、更なる孤独に追いやってしまう。しかしほどなく、幸江の父の犯した大きな悪事が町中の知るところとなり、幸江は徹底的な孤立に身をおくことになる。その時に声をかけてくれたのは他ならぬ熊本さんだった。幸江は感動し、「やっぱりあなたは友達よ」と抱きつくのだが、熊本さんは都合のいいことをいう幸江をすごい勢いでひっぱたく。そのシーンが一番胸に迫ってきた。
▼「さあもう15発も殴ったよ!他に言うことないの!」(幸江「熊本さんごめん…」)
「16発!17発!ごめんごめんって一生言い続けるか!」
「なんであんたはやられっぱなしでいるのよ!頭を下げたままで友達が続けられると思ってんの!」「もうこっちは充分気が済んだんだから 殴り返せって言ってるの!」
▼熊本さんは、「友達と認めたからこそ許せないことがあり」「友達だからこそ誠意ある償いが必要」だとして殴るのだが、同時に「頭を下げたままで友達が続けられると思ってんの!」という言葉の裏では、「友達だからあんたを許す」と言っているのだ。彼女は(多分10発目あたりで)幸江をとうに許しており、これからも対等な友達であるために、「もう許してるんだから殴り返せ」と叫ぶ。しかも一言も「許す」という言葉を使っていない。使っていないからこそビンビンと熊本さんの強さと優しさが伝わってくる、この巧みさ。漫画の達人は同時に、言葉選びの名人でもあるよなあ、と再確認させられた瞬間だった。このあと幸江は、涙ながらに熊本さんを殴り返すのだが、それがちゃんと4コマ的なオチになってるのも渋い職人芸だ。ブサイクな二人が、殴り合ってさらにボコボコになった姿で河原で展開するこのシーンの美しさは、漫画史に輝く名シーンといって差し支えないだろう。
▼最近涙腺がそうとうヤバくなってきてるので号泣覚悟だったのだが、後半の展開から受ける感動が、「人生」や愛情・友情に対して感じさせられるもので、「泣ける」というよりももっと、暖かく力強く切なく愛しいものだった。ラストを大体知っていた(特に幸江の手紙)こともあって、落涙には至らなかったが、もちろん大満足している。この作品(に限らないが)、岡田斗司夫も言っていた通り、個人の経験によって、感動の針の振れるゾーンと、振れ幅が大きく違うと思う。貧乏体験、家庭環境(母親不在とその欲求)、いじめや孤立の経験、恋愛・同棲経験などの違いが、まんま「ツボ」の違いになるだろう。特に後半は、「子供がいるかいないか」でも大きく違うはずだ。この本は、ほかの企画でも「泣ける文庫」にランクインしていて、だからといって内田春菊(文庫巻末の対談)みたいに、「この本で泣けない奴は、想像力がない!」とか断言されても困る(女性って、こういう言い方する人多い気がする)んだが。
▼この作品でカッコいいと思うキャラは、熊本さんは勿論なのだが、「借金取りのおじさん」だ。彼は実に男前で、特に家族連れのときに鉢合わせする話なんか、「この人やこの人の家族にもそれぞれのドラマがあるんだろうな」という奥行きがあって印象的だ。あとは、幸江の調書を取ったお巡りさんも、出番は少ないんだが心に残る。結局、詳しくは描かれなかった人々にも「それぞれの人生があり、それぞれの人生の意味を生きている」と感じさせられるところが、「自虐の詩」の真骨頂の一つなのだろうと思う。
▼絵として最も印象に残ったのが、左のコマ。大きな一つの「気付き(あえてここでは書かない。もっとも検索するとアッサリ出てきてしまうのだろうけども)」に至った幸江が、出前の途中に、「みんな母親から生まれた」ということを思いつつ、「すごい!」と呟いて、歩道橋から町並みを眺める、それだけのシーンなのだが、圧倒的な立体感と奥行きがあり、突き抜けた開放感、そして幸江が感じた「たまらない愛おしさ」が伝わってくるような気がする。ここで幸江の表情をあえて見せないあたりが、ホント巧いよなー…と思うのだ。
▼物語の最初と最後では、幸江の顔はずいぶんと変わっている。
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連載初期の幸江 ラスト前の幸江 参考:中学時代の幸江
初期は角張った輪郭で、目の幅も狭いのだが、ラスト近くでは、顔は卵型に近づき、目の幅も(相変わらず目自体は線なんだけど)広くなっている。そして何よりも、頬のコケがなくなっているのが大きい。後半では、幸江の回想がメインになり、小学生・中学生時代の幸江には頬のコケがないので、単にそれを引きずったのか?とも思ったが、その後のイサオとのロマンス話に見える成長した幸江にはコケ(一番生活が荒んでいた時期なのだが)があることを考えると、「妊娠した辺りからコケが取れ、穏やかな心境を示している」という考えもアリかもしれない。
▼年齢(実に20歳)も周囲の人間も全然違うのだが、読後感に、永野のり子の「電波オデッセイ」に近いものを感じた。幸江と「電オデ」の主人公・原純子の共通点は、
*母親から放棄された存在であること
*ど貧乏
*クラスでは孤立気味(幸江が沈没するのに対し、原は沈没の孤立⇒浮きの孤立という差はある)
*最後に母親を受容し(精神的な生まれ直し)、「この世に生きて在ること」の意味に気付く
ことが挙げられ、特に最後が読後感の共通印象に繋がっているのだと思う。もちろん原と幸江は見た目も相当違うし、何だかんだ言っても、キタモリやトモちゃんがいて、甲野先生がいて(彼女のことを出してくると、「すげこま」から語らないといけなくなっちゃうんだがここは割愛)、何よりもオデッセイがいるので、とりまく状況は異なる(その代わり、原が幼少期に心身に負ったトラウマはかなり深く、母とも死別しているので、実際には関係の修復はしようがない。)のだが。ラストとしては、どちらかというと「どろみちゃん」の方が共通点が多いかもしれない。(どっちがどう、と言いたいわけではない。「オデッセイ」も「自虐の詩」も「どろみちゃん」も、私の心のバイブルだ。)
▼奥付を見て思ったこと。「自虐の詩」は「週刊宝石」に1985〜1990年まで連載されていた。時代はバブル経済真っ盛り。TVではいわゆる「トレンディドラマ(今となっては書くのも恥ずかしいな、この単語)」が全盛で、若くて美しい主人公たちが、高級店のファッションをおしゃれに着こなし、「どうしたって初任者の給料じゃ住めないだろう」とツッコまずにはいられない、都心のハイセンスなデザインのワンルームマンションに住んで、バブリーな恋愛話を繰り広げていた頃だ。70年代でも、不況の現在でもなく、あの時代に、外側だけ見れば「貧相で悲惨なだけの人々」のドラマをここまで書き上げてしまったということは、とんでもなく凄いことだったんじゃないだろうか。
▼MoonRidersの「No.9」購入。ライダーズの歌う第9はなかなかいいんだけど、内容的にはマキシシングルなのに2Kはちょっと懐に痛い。相方は「イイ商売してらっしゃるなあ」と言い、私もそう思うが、彼らのCDは遅筆でカルトな漫画家の単行本みたいなもんで、一度ファンになっちゃった以上は「出たらありがたく押し頂き、買わせていただく」ほかはないのだ。相方が江口寿史の本を買うのと一緒だ。その上ライダーズの皆さんの場合は、「ああ、誰かが亡くなってしまう前に(注:いくらオッサンバンドだからといって口が過ぎる様に思う向きも多いだろうが、これが彼らの裏テーマだから仕方がない)また新譜が出た、本当に良かった良かった。」という意味合いもあるので、まあねえ、仕方ないよなあ。だんだんともう、「お布施」に近い感覚になってるな、我ながら。
▼「QUEEN2」は、この間相方とクイーン話していて、どうしてもカセットでなくCDで持っていたかったので購入。2曲ほどボーナストラックのリミックスが入っていたが、てんで萎え萎えだった。この手のボーナスリミックスでときめいたことって、あまり無い…「ベストビデオヒット2」のDVDは、昨年買った「1」の続編。時期的には「Hot Space」〜「The Miracle」までのもの(「クロ高」のフレディをはじめ、一般的に認知されているフレディ像はこの(オールバック&マッチョテイストの)頃だろう。)。曲調がPOPに走り出した頃なので、好きな曲は少ないのだが、動くQUEENが見れるのと、1を買ったので最後まで揃えようという事で。この時期のビデオクリップでは、メンバーが女装してる「I want break free」が一番(キツくて)有名かもしれない。ヒゲのままミニスカートで出てくるフレディはそっとして置いてやるとして、ロジャーがあまりに可愛くてイケててびっくりした。あの頃の美青年ロジャーを知る人は、「1」のメイキングに出てきた、老けて変わり果てたロジャーの姿はショッキングなことだろう。否定的な意見の多い「Hot Space」については、ブライアンもロジャーも苦い思い出のほうが多いらしく、副音声解説つきの「Back Chat」のPVでは、二人の「トホホ…」と脱力してる様子が伺えてこれまた貴重。この中では「One Vision」が好きなので、長いメイキングが入っていたのは嬉しかった。
▼「どうでしょう」は先週「四国八十八か所3」が終わり、「絵はがき2」に。実に久しぶりにミスターの姿を見て、落ち着くというか、やはり画面的にも心情的にもしっくり来るものを感じる。大してしゃべらなくても、やっぱりこの人あってのどうでしょうなんだ、と実感。いや、リーダーも大変に頑張ってくれたとは思うのだけれど。そして伝説の「ミスター、2枚目の選択で早速札幌時計台引く」には、展開を知っていても大笑い。ミスターはやはりミスターだった。
*「自虐の詩」上・下 業田良家
#「No.9」 ムーンライダーズ/「QUEEN2」/「QUEEN ベストビデオヒット2」
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3/7(Sun)
▼この間まで「ひなまつりモード」だった「水曜どうでしょうオフィシャルサイト」のメニューグラフィックが、節句前のデザインに戻っていた。ただし、雪だるまやかまくらは半分ぐらい融けて、ところどころからフキノトウが顔を出して、早春の雰囲気に。芸が細かいですな。
▼相方、2chレシピ板の「ウマイうどんの作り方」スレで、画期的に手間も時間もかからないうどんの作り方が出ている、と興味を持つ。ブランチに早速試してみた。折から、「水曜どうでしょう」四国編で食べている讃岐うどんがあまりに美味そうだ…と話をしていたのだ。こっちでも讃岐うどんチェーンがあったりするが、きっとあの美味さは四国に行かなくては味わえないだろう。ことうどんについては、「私たちは本当にうまいうどんを知らずに生きているのだ」というコンプレックスがぬぐえない。かといって、おいそれと四国に行けるものでもないしねえ…などと語り合い、「讃岐うどんには及ぶべくもないだろうが、とりあえずうどんを作ってみようじゃないか」という展開になったのだ。とりあえず、同スレ428さんに感謝しつつ、レシピ(ベースは大久保裕弘氏のレシピとのこと)を転記。
結論から言うと、寝かせをまったく行っていないとは思えないほど美味かった。切り方をあまり細く出来なかったせいか、ゆで時間が若干足りなかったのが悔やまれる。相方は釜揚げ、私はざるで食べたのだが、冷水で洗うと見る見るうちに固く縮こまってしまい、ブツブツで美味しくなかった。全体的に釜揚げ向きだろう。が、細く均一に切ること・ベストのゆで状況を見極めることが出来れば、粉の状態から30分かからずに安く美味いうどんが食えるという新事実は胸がときめく。今後、休日をメインに色々試行錯誤していきたいと思う。
▼BS-1で放送されたプロ野球70周年特集「みんな野球が好きだった」が思いのほか面白く、見入ってしまった。前半は「思い出の名選手特集」で(これは録画はしたがまだ見ていない)、後半は「長嶋茂雄特集」。奇しくも先日倒れたばかりなので、このタイミングでプレイバック特集はなんだか縁起でもないタイミングになってしまったような気もするが、いや面白かった。
▼4歳のある夜、寝付いていたのに父親から起こされた。何かと思って目をこすりながら居間に連れて行かれたら、TVでは長嶋のあの「巨人軍は永遠に不滅です!」の引退セレモニーの真っ最中だった。おそらく、巨人大好きの父にとっては、事故や災害に匹敵する大事件であり、一つの時代の大きな終わりであり、「とにかくこの歴史的瞬間を娘にも見せておかなければ」と思ったに違いない。
▼つまり私たちの世代は、こういうことでもなければ「選手時代の長嶋」の記憶を持たず、小さい頃の国民的野球ヒーローといえば、何はなくとも王貞治という世代なのだ。長嶋の姿は、選手ではなく「監督」として見ただけなので、上の世代に「長嶋の華」を力説されても、正直「何をもって彼がミスタープロ野球なのか」ということについては実感がわかないのは私だけではあるまい。
▼王貞治のことを語るとき、つい今でも「王選手」と口をついて出そうになることがある。それと同様に、上の世代にとっては、長嶋はいつまでも「長嶋選手」なのだろう。が、(長嶋に限らず)いくら選手時代のファインプレーを見せられても、監督時代しかイメージにない異世代には、その魅力は伝わりにくい。そのギャップを見事に埋めてくれた番組だった。
▼同番組では、あえて長嶋のプロ1年目、ルーキーとは思えない大活躍にスポットを当てて紹介している。なるほど、何をしても太陽のような明るさがあり、また喜怒哀楽がプレーを通じてダイレクトに表現されている。「感情の伝わるスタイルと素質」は、例えばプロレスなどでは言及され、評価されることが多いが、プロ野球でそれを成し得る素質の持ち主は確かに稀だ。勿論長嶋本人の談話(実は、これまで見た長嶋の談話の中で、一番「アホっぽくない」と思えた)もあるのだが、どちらかというと、「ライバルの談話を多く入れて、『長嶋がどんな選手だったか』『どこが凄く、何が恐ろしく、どうやって攻略したのか』を明らかにすることで、長嶋の凄さを確認する」要素が濃かった。そして実は、こっちの談話の方がはるかに面白く、同時代の野球人がどれほど凄い連中だったかも自然にクローズアップされる仕組みになっているのだ。
▼当時の巨人軍スタメンの顔ぶれも凄まじいが、インタビューされる相手がビッグ。何しろカネやんであり、神様仏様稲尾様であり、ノムさんだ。で、こっちの談話の方が断然面白い(というか、後半のほうは「稲尾和久物語」と言っちゃっていいだろう)。例えば、オールスターで長嶋と初めて対決した稲尾(後に同年の日本シリーズで再対峙することになる)は、長嶋のことを全然覚えていないという。というのは、オールスターだから他チームのキャッチャーに対して投球するわけで、手の内を読まれないように細心の注意を払わなければいけない。しかもそのキャッチャーが「あの」野村克也なものだから、「対野村対策」に頭がいっぱいで、とても長嶋どころじゃなかったのだそうだ。結局サインを間違えたふりをしてすっとぼけたそうだが。ちなみに稲尾は、対外的には「決め球はフォーク」と言っていたが、実は真のウィニングショットはシュートだった。が、野村だけは「ウソつくんじゃないよ、本当はシュートの癖に」と見抜いていたらしい。そういう「最上級のタヌキとキツネの化かし合い」の部分なんか、もう聞いててゾクゾクするわけだ。
▼ちなみに、この年の日本シリーズは伝説の「稲尾の4連投4連勝」の奇跡が起こった年。しかも稲尾、負けた第1戦と第3戦にも登板しているので、実に7戦中5戦のマウンドに上がっていることになる。いかに年間78試合登板の記録を持つ怪物にしたって、凄すぎる。稲尾に限らず、昔のピッチャーってわりと連投当たり前で、そりゃあ中4、5で投げてる今の選手を見れば甘ちゃんに見えることだろう。インタビューを受ける面々を見るだけで、「この時期のプロ野球って、超人オリンピックみたいなもんだったのでは」と思えるほどの怪物揃い。なるほどこれでは、オヤジ世代が、あの頃のプロ野球を目を細めて懐かしむわけだ、とはじめて納得できた。
▼日本シリーズで長嶋攻略に悩んだ稲尾は、一日部屋にこもって考えに考えた挙句、
「長嶋は実は何も考えていないのではないか。ボールが来たところに反応してバットを振る、それだけなのだ」
と気付くのである。なんだか島本和彦のマンガみたいな展開(もっとも、来たところに反応してバットを振って安打にできるということは、卓越した反射神経とスィングスピードがあればこそ、つまり「長嶋だからこそ」ということなんだが)。そして長嶋自身が
「何も考えてなかった」
と談話で裏付ける、凄い構成だ。「バーッと来たボールをこう、パーンと打つ」という長嶋語が、ここで明確に翻訳される。しかし、「考えてない」奴の狙いは、読むことが出来ない。その中で、わずかな体の開きのクセに着目して勝利した稲尾に大拍手。そんなこんなで最後まで見てしまった。このシリーズは年内も続くそうなので大いに期待したい。今後の企画はまだ未定のようだが、伝説の大選手とか、その陰に埋もれてしまった隠れた名選手とか、知らない世代のことをいろいろと知りたいと思う。
▼寝ようと思っていたところ、こんなメールを受信する。英文のSPAMはこれまでもかなりの数送られていて、大抵はSUBJECTで判断がつくので受信せずに即消ししていた。実は同タイトルのメールは数日前にも送られていて、SPAMと判断してさっさと消去したのだが、よく見れば
「Your credit card has been successfully charged for $69.95
(あなたのクレジットカードから69.95ドルを引き落とし完了しました)」
という件名。様々なアイテム(大抵はエロ関係かドラッグ)のあからさまなPRならしょっちゅうのことだが、「引き落としました」というのは初めてで、万が一にも何かの間違いがあってはいけないので、とりあえず受信してみる。サイズからしてウィルスではなさそうで、スキャンは予想通りシロ。ちょっと内容を(こちらのプライバシーに関わる部分は「*」で伏せつつ)転記してみる。
Return-Path: <9**e@hotmail.com> (←送り主の真のアカウントと思われる情報、ただし偽装可能)
Received: from [**.***.***.**] by****.plala.or.jp with SMTP
id <20040307*****.*******.***.plala.or.jp@[**.***.***.**]>
for <***@***.plala.or.jp>; Mon, 8 Mar 2004 00:32:59 +0900(私側の受信情報)
From: hostmaster@concentric.net (偽装した送り主のアカウント、騙られているだけ)
To: ****@***.plala.or.jp (私のメールアドレス)
Subject: Your credit card has been successfully charged for $69.95(件名)
Date: Sun, 07 Mar 2004 23:43:01 -0800
MIME-Version: 1.0
X-Mailer: Microsoft Outlook Express 6.00.2800.1158
X-MimeOLE: Produced By Microsoft MimeOLE V6.00.2800.1165
Content-Type: text/plain; charset="Windows-1252"
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ということで、どうやら私が69.95ドル(カード決済)でバイアグラの錠剤を購入したことになっているらしい。
「necessary for the sexual act.」とか言われても、ウチでは別に必要のないシロモノ(今のところは)なのだが…
バイアグラは英文SPAMによく登場する商品の代表格だが、「決済しますた」とまで言われたのは初めてだ。
本文の中に顧客の名前や具体的な注文状況が書かれていない(不特定多数に一気に大量送信するのだから当然だ)こと、リターンパスとFROMが一致せず擬装がミエミエなこと(企業からの売買報告のメールがhotmailのアカウントから来るわけはない)など、あからさまなSPAMと判断できる。念のためカード使用状況も照会したが、覚えにない支払い履歴は勿論なし。が、(少なくとも私にとっては)新しいパターンなので、ちょっと調べてみる。ちょっと検索した限りでは、日本のSPAM関連サイトやセキュリティ関係のところでは同一情報が見当たらなかったので、外国サイトに足を伸ばす。この時点ではまだ出回っていなかったせいか、同じ文面のメールを見つけることはできなかったのだが、文中に登場する企業名やセンテンス、コンタクトナンバーなどで検索すると、きわめて近いタイトル、内容のものがヒットし、明らかにSPAMと明言され、「ほかのスパム同様に無視するのが一番」とあったのでさらに確信を持ち安心する。
▼FROMにある「concentric.net」は、XO Communicationsという企業が行っているインターネット接続サービス事業のアカウントで、騙られただけの、普通の会社だ。(後半に書いてあるコンタクトナンバーも、一部同社のもの)このように、送信者を擬装して、騙られた企業などにダメージを与えるSPAMを「Joe Job」と呼ぶらしい。検索などに費やした時間が私の受けた被害と言えば言えるかもしれないが、授業料として納得しておくか。それにしても久々に英文を見ると、自分の英語力がどれほど衰えたかを痛感させられてションボリではあった。Excite翻訳はまだまだアホだし、かといってインターネット検索に慣れたこの横着者は最近、辞書を引くという行動が億劫で仕方がない(手持ちの数年前の英和辞典では、情報・コンピューター系の語彙には役に立たないだろうと思ったからではあるが…)のだ。いかんよなー。
▼5日に、中一男子が、「アニメキャラに似ている」といじめられて、報復のために日本刀持ち出して同級生に突きつけるという事件があった。「そこまで人間を駆り立てるほどの怒りを呼ぶキャラとは一体誰なんだ。プラネテスの事業部長か誰かか?」と、そっちがもっぱら気になっていたんだが、他の報道によれば「ポケモンのキャラ」だったそうで、ちょっとつまらん。まあそれにしても、日本刀はちょっと行き過ぎちゃったかもしれないが、いじめに対抗する方策として、「自分をいじめる気がなくなる程度に武力行使」はアリだと思う。個人的基準だが、「パンチ・キック・投げ・関節技その他体術、竹刀・木刀(刃物はNG)」までは許容範囲ではなかろうか?と思ってしまうのは、小学校時代、同様の手段でいじめ(といっても昔の事なので、そんなに陰惨なもんじゃなかったけれど)に対抗してきた過去があるからなんだろうな。いじめる側は罪悪感どころか、数日もすればいじめてた事すら忘れる程度にしか認識していないものだし、「スポーツや勉強で見返す」なんてのも限界があるし、泣き暮らす事は無いと思うのだ。武力行使して得られるものは、実際には「勝利」というよりも「回りが引いちゃう」結果の方が多いのだが、それでもいじめ継続よりはよっぽどマシ。
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3/6(Sat)
▼朝、適当に遅めの時間に相方に声をかけて起こす。相方、慌てたように飛び起きて目をシパシパさせ、「あっゴメンゴメン、上映時間何時だっけ?」。どうやら夢の中で、私と一緒にどこかに映画を見に行く話がついていたらしい。この人は、冗談言う時も寝言言う時も寝惚けているときもいつもクソ真面目な真顔で言うものだから、一瞬こっちが判断に苦しむ。「一体何の映画を見る手はずになってたんだ?」と尋ねたところで、彼の頭は、覚醒後に夢の内容を一切キャッシュに残さない作りになってるので、何も覚えちゃいないんである。
▼「プラネテス」はついにハキムがカミングアウトし、ヘビー方向へのベクトルが太くなってゆく。今回はチェンシンが何とも情けなくてカッコ悪く、それゆえにちょっと血肉が通ったような感じもした。タナベにムリヤリキスをして唇を噛まれ、痛みに一瞬ひるんで、「噛んだ…」と言わずもがなのことを呟いてしまう辺りが、カッコ悪さに拍車をかける。アニメ板のスレではこのセリフの話題になったときに、「父さんにも噛まれた事がないのに…!」と続けた御仁がいて爆笑。普通、父さんはそんなことしない。
▼この間、「味龍」でボヤけた味のラーメン食う羽目になったリベンジに、どっか新規開拓して満足したいね、ってことでラーメン屋へ。今まで何回も足を運んだが、そもそも日曜定休日なのと、臨時休業に鉢合わせてばかりだった「新月」に行く。しかし今日も臨時休業で食えず。ここは本当に、世間が休んでる時に商売する気がないらしい。それだけ平日営業で利益が出ているのだろうけど。今日は義妹の誕生日のケーキを調達しなければならず、こあらのケーキ屋に行く予定だった。ので、そっち方面で、「ラーメン一番」という店にチャレンジしてみる。店のお母さんのサバサバした明るい感じはヨシ。チャーシューはOK、ワンタンもスープもまあまあ。しかし麺がなあ。「細〜中太のちぢれ手打ち麺」は、酒田ではよく見られる中華麺の形なのだが、あまりにも薄く柔らかく、ペナペナふよふよで腰が足りないので、およそ「麺」をすすってる気がしなかった。非情な例えだが、「ホームラン軒」などのノンフライ麺を、お湯入れて10分くらい放置したらあんなふうになるんじゃないか?という感じ。どうやら店の奥でオヤジさんが手打ちしていて、音を聞く限りでは青竹捏麺?と思えるのだが、ちょっとコレはリピートする気になれず。残念。餃子はけっこう美味しかった。客層は独身男性学生〜サラリーマン層がメインか。奥さんの、いかにも「おっかさん」な雰囲気が慕われているのかもしれない。
▼すぐ向いにあるケーキ&パン屋「ロドゥール・デ・ブレ」で、バースデイ用のケーキを買う。美味しそうなショートケーキを見繕って色々と。ここのケーキも焼き菓子も抜群に美味い。ちょっと高いが。ケーキと一緒に、お気に入りのカスタード入り卵型の菓子も。ついでに、近くの「ホームセンターチャンピオン」で鉢の下に置く皿を買う。色々眺めていたのだが、ここの店内、様々なアイテムがあるのはいいのだが、あまりにも雑然としすぎ、うずたかく積み上げすぎ。今にも落ちてきそうな棚やプラボックスが沢山で、なかなか壮絶な眺めだった。しかもこの状態で、現在行っているのは「酒田店(つまりこの店)改装オープン記念セール」という事実がまた凄い。Webサイトはそこそこスッキリ見やすいのに。いや、何度か通って大体の配置に慣れてしまえば、色々安いのでいいのだけれども。
▼Amazonで色々見ていたついでに、Queenで検索する。「売れている順番」だと当然、「Jewels」(←Amazonでの同CDのページ。レビューその他もここから見れます。)が一番先頭に来ている。ずいぶん売れているらしい、という話を何度も聞くので、ちょっと中身を見てみる。微妙というか、正直、よく分からん選曲で、少なくとも、「オムニバスの一つ」であって、巷で「ベスト盤」と呼ばれているのには大きく抵抗を感じる内容。あれが入っていない、何故これを入れる…と文句を言い出せば、Queenの名曲を1枚にまとめる事自体困難だろうからキリがないのだが。それよりも何よりも、CCCDとして出されている事が大きな問題だろう。私のCCCD嫌いについてはこれまでも何度も書いてきたが、それだけではない。Queenのギタリストであるブライアン・メイが、自分のWebサイトでCCCD否定(というか、まさにこのCDに対しての意見である。日本の1ファンが「Jewels」がCCCDで発売されるということについてブライアン本人にメールを送り、意見を尋ねたのがきっかけ。)を明言し、「自分の作品を、問題の多い、不完全なコピーコントロール媒体で出して欲しくない」とはっきりと述べているからだ。多少でもQueenのサウンドやメンバーへのリスペクトがある人間ならば、買ってはいけない…というか、買えない筈だ。大体、フレディの声にわざわざノイズ乗っけるだけでも冒涜ってもんだ。全アルバムもベストも、輸入盤で問題なく買えるわけだし。
▼あくまで「既にQueenに好感を持っていたなら」の話で、そういうことを知らず、またQueenを知らない人が買う分にまでケチをつけるつもりはない。しかしブライアン本人は、「例のCCCD、バカ売れです」という事実を知って、どう思うのかな……長年に渡って日本のファンを大切にしてくれたQueenだけに、失望されるのは残念だ。
▼と思っていたら、同アルバムのレビューに、同じような、あるいはもっと厳しい内容の(若い世代から見ればただの「うるさがた」にしか見えないだろうが)ものがあるわあるわ。激しく頷きながら、何十件もあるレビューを読みまくってしまった。CCCDであること、また内容に関する批判の中でもっとも目立ったのが、
「数ある名曲を退けて、何故に『Flash(映画「フラッシュ・ゴードン」のテーマ曲)』が入ってるんだ?」
という疑問。まったく同感だが、意味があるとすれば恐らくそれは、「ビッグオーのテーマ曲の元ネタを知ってもらい、たまげてもらうため」という、ただ一点に尽きる。筈だ。それ以外に思い当たらない。
▼このCDについては、あまりグチグチ言ってもCCCDでなくなるわけでもないので、「これ買ってイイと思った人は、輸入盤でアルバム(アルバム一枚が一つの世界として構成されているので)か、せめてグレイテストヒッツ1&2を買って聞いて欲しいなあ」と言うに留めておく。安い上に、非コピーコントロールだ。検索ついでに、「Queen2」と、「Best Video Hits」DVDの第2弾を注文。
▼フラッシュ・ゴードンといえば、以前購入したQueenのベストクリップDVD1の中にも「Flash」が収録されている。ところどころに「フラッシュ・ゴードン」の映像が挿入されているのだが、相方がそれを見るたびに、
「当時としては画期的なSFX技術だよな、『フレッシュ・ゴードン』。」
というボケをいつまでもいつまでも繰り返すのは、いいかげん勘弁して欲しい。話のバカ度も、映像のダメ度も、同じようなもの(むしろフレッシュが勝ってる)ではあるのだが。
▼Amazonで先日注文した「自虐の詩」、ずっと「10〜14日待ち」だったのが、「24時間以内に発送」に変わっている。竹書房で増刷をかけてくれたか?早く発送してほしくてウズウズと。
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3/5(Fri)
▼そういえば先日BookOffで買いっぱなしの「ドミニオンC(コンフリクト編)」読む。士郎正宗の漫画だから、心も体も疲れてなくてスッキリしてる時に読まないと…と構えていたのだが、思いのほか肩の力が抜けてる感じで読みやすい。何より話も分かりやすく、一気に読めた。これはかなりツボかも。(当時の)あとがきによれば、同編の続きを書く気はあるらしいので、例によって何年も待たされた挙句に出なくてももともと、位の気分で待つか。今(あるいは数年先)書いて、あの独特の明快さが保たれてるか、「攻殻2」のごとくにねじくれて分かりづらくなってないか、という不安はあるけれども。
▼夜、ついつい「ウェストサイド物語」に見入ってしまった。中学生の頃、吹奏楽がらみでこの映画の音楽にハマり(当時、バーンスタインによる「ウェストサイド物語組曲」が吹奏楽界で人気だった)、高校生の時に録画したビデオを何度も、それこそ全曲暗記するほど見て、「全曲集」なんて楽譜まで買って、あげくにマンドリン用に編曲して定期演奏会で演奏したりもした。だから見るつもりはなかったのだが、結局最後まで見てしまった。今ひとつも二つもモッサリしている主役二人(トニー役=リチャード・ベイマー、マリア役=ナタリー・ウッド)はどうでもいいとして(ナタリー・ウッドは歌も吹き替えだし)、歌も踊りもキャラクターも、ジョージ・チャキリス(ベルナルド役)とリタ・モレノ(アニタ役)がやはり断然カッコよかった。ロビンスの振り付けも、何度見てもダイナミックでいい。
▼ストーリーはご承知の通り、「ロミオとジュリエットのNYダウンタウン版」の一言。敵対する立場なのに運命の恋に落ちて、もう周りなんかちっとも見えちゃいない主役二人と、抗争の果てに血が流れ、最後に「われわれに必要だったのは戦う事ではなく以下略」という着地点に収まるお話だ。モンタギュー家とキャピュレット家の敵対を、イタリア系とプエルトリコ系移民という民族的対立に、バルコニーのシーンをアパート非常階段に、と、思いっきりロウアーな線まで引き下げたアイデアは印象的。ただし、対立や言い争い、乱闘のシーンが全て歌と踊りで表現され、結構ご陽気で魅力的な彼ら、というか傍目には「あんたたち別に争わんでも、実は結構息合ってるんでないの」という感じなので、悲劇性は相当薄れている。
▼が、このゴロ巻いたり、ダンスパーティーの場で張り合いながらの群舞のシーンなどが最高にカッコよくて迫力ある(「Mambo」「Cool」「America」など)のでヨシとする。去年、ちょっとだけスペイン語をかじったおかげで(結局三ヶ月坊主だったのだが)、シャーク団関係者同士の会話や、またジェット団の連中がシャーク団をバカにする時にセリフに混じるスペイン語がいくつか聞き取れて嬉しかった。今の目で見るとツッコミどころも色々あるかもしれないが、かつて父がリアルタイム封切りで見て、「衝撃的だった」と語っていたのは十分に納得できる。本編ではないが、オープニングとエンディングもひねりが効いていて(特にENDマーク)好き。
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3/2(Tue)
▼昨日の卒業式でいただいたアレコレを相方が持ち帰る。花と観葉植物の鉢。観葉植物(ユッカ)は、あまり手間がかからずに育つそうなので、大事に面倒を見てやろうと思う。他に、生徒からもらったネクタイは、なかなか趣味もよく、相方の好みにも合っていて、そのあたりはやっぱり女の子だな、と感心。
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3/1(Mon)
▼相方、本日が卒業式。午後からずっと祝賀会のハシゴ(全体&クラス)等等。何しろ1VS39で、延々とめでたいお酌を受け続けるわけで、結婚式の新郎のごとくに、足元にバケツでも欲しいところだが、例によってバカ正直に、盃を開けては飲み、開けては飲みしていたのだろう。さすがに飲み疲れた様子。迎えに行った帰り、ローソンで「どうでしょうDVD4」の予約を済ませる。帰宅後、アルバムなどを眺めながら目を細めている。「どの子が一番(性格的に)可愛らしかった?」と尋ねると、「手間のかかるのは結構いたけど、やっぱり卒業式になってみるとみんな可愛いよ」との答え。三年間最後まで付き合って面倒を見て、色々あったが感慨はひとしおなのだろう。私には出来なかった事だから、素直に偉いと思う。
▼昼間、「攻殻機動隊1.5」読む。絵柄・雰囲気的にも、そして9課の物語ということでも、2よりもずっといい感じで読んだが、ストーリーは結構分かりづらい。この人独特の「自分って頭悪いんだなあ」という読後感に襲われつつ、何度か読み返す。多くの人が同じ感想を抱かれたかと思うが、やはり「別にマンガ部分だけでいいので、1000円くらいで売れ」ということ。CD-ROMを強制的に付けてあのバカ高い値段にするのはいただけない。E-MANGAと言われても、別に読みやすいとも思わんし。