いやー、我ながらイカレたタイトルで恐縮です。
そんなに奥の深い話ではなく、最近妙に売れてしまっている「葉っぱ隊」のコントから派生した歌・「YATTA!」における、半ばヤケクソな「ハッピー」「ラッキー」の感じ方が、「阿Q正伝」の主人公のソレと同じくらいに強引だなあ、と思った次第。というか、それだけの話。
元はと言えば、ポンポカーさんが「自己啓発セミナーみたいな歌詞」と仰ったのを聞いたのが発端だったりするのだ。
「阿Q正伝」は、現代中国文学の巨匠・魯迅の代表作。文庫本で56p程度の中編である。
主人公・阿Qの設定は定かではないが、「頭は良く」「昔はそこそこ偉かった」らしい。今では村の家の下働きなどを日雇いで行って、何とか食ってはいる。
風体には「禿」というコンプレックスの元があり、なまじプライドが高いのも手伝って、村の子供からまでいじめられ、徹底的に蔑まれている。
しかしどんな目にあっても、彼には「精神的勝利法」という奥の手があった。要するに、全ての事実を自分に都合のいいように強引に解釈して、気分をよくするという技だ。
<以下引用>
(村の遊び人達に寄ってたかって殴られて)
たとい虫けらであろうと、遊び人たちは放してはくれない。相変わらず近くの土塀に五,六回コツンコツンやり、これで阿Qも参ったろうと思って、満足して意気揚々と引きあげる。ところが阿Qの方も、ものの十秒とたたずに、やはり満足して意気揚々と引きあげる。われこそ自分を軽蔑できる第一人者なりとかれは考えるのだ。「自分を軽蔑できる」だけを除けば、残るは「第一人者」だ。
(岩波文庫「阿Q正伝・狂人日記 他十二編」 竹内好訳/108pより)
注) もとより魯迅の作品は、中国の時代・思想背景と密接に関わり合っていて、この作品もかなりサラッと書かれてはいるが、解釈は一筋縄では行かない奥深さがある。咀嚼しようとするとかなり難解と言っていい。辛亥革命や文学革命との兼ね合い、儒教倫理の変質と崩壊…等の側面から、未だに主人公の解釈も諸説戦わされている作品である。ので、ここでは深くまでは言及せず、ただその「精神的勝利法」の強引さについてだけ述べたい。
というわけで、この後付けの強引な論法と「生きているからラッキーだ」「息が吸える、やったー!」というヤケクソさのベクトルが結構似ている…と思ったに過ぎないのだ。本当は特にいいことなどないのに、無理矢理「ラッキー」「ハッピー」と歌い踊る葉っぱ隊。「ポリアンナ」の「よかった探し」の方が近いと言えば近い。
所詮はお笑いのネタである。
ここで、「貪欲と知足」とか「向上心を抱いてもかなえられない現代の世相」とか、もっともらしいことはいくらでも書ける。が、お笑いを愛すればこそ、お笑いから教訓とか「語り」に繋げたくない気持ちが強い。
もともとこのコントの主眼は、男が雁首揃えて、肌色ブリーフに葉っぱ一枚で歌い踊るという構図のアホらしさがいいのであって、妙に「癒し系」「励まし系」に祭り上げるのはいかにも据わりが悪い。アホはアホのまま愛でるのが、お笑いに対する礼儀だと思う。
まあ、これも数年経てば「マモーミモー」程度のブツとなるのだろうが…
そう言えば、同じようなコンセプトで、秀逸な先人の遺業がある。
植木等(作詞・青島幸夫)のコレだ。
金のないときゃ 俺んとこへ来い
俺もないけど 心配するな
見ろよ 青い空 白い雲
そのうちなんとか なるだろう
ああ、何度聴いても素晴らしい。
この歌には、どこにも「なんとかなる」ような「根拠」がない。
それは、当世の「祈れば夢は必ず叶う」式の、頭の悪い思いこみでも、若さ故の驕りでもなく、「無責任男」のキャラクターと、「コミックソングである」ということを充分に押さえた、心地よいいかがわしさ。そのいかがわしさを、作詞者も歌唱者も充分に自覚しているから生まれる気持ち良さなのだ。
最近、「こち亀」OPとして天童よしみがカバーしているが、彼女の場合「俺も金がない」と言いつつも、とぼしい財布で友人におにぎりの一つも無理して買ってくれそうな律儀さがにじみ出ていて、少なくともこの歌には今ひとつ合わないと思う。
根拠を示さないどころか、唐突に「見ろよ 青い空 白い雲」。
目線を逸らして、相手を煙にまいてます。誤魔化してます。
このくだり、とても凡人には書けない。歌えない。いかがわしいったらありゃしない。以上、誉め言葉。
(注:本来この歌は劇中歌なのだが、「阿Q正伝」同様、あえて映画「無責任シリーズ」のコンセプトとの関連は度外視させていただく。)
別にコンセプトをなぞる必要はないが、この「いかがわしさ」の十分の一でもあの歌にこもっていたら、きっと私もCD買っていたような気がする。
それにしても、「お手軽ポジティブ」に慣れた今の中高生、いや大学生あたりも、「阿Q正伝」で感想文を書いてもらったとしたら、「どんな逆境でも、考え方の転換一つでポジティブに感じようとする阿Qの姿に感銘を受けた」とか、トンデモないこと書きそうで、ヤダなあ。