第二部 遺産都市

第六章 地下碑林(1)

 
 スパイダーを従えての帰還から、1ヶ月半が過ぎた。バイエルンからコーンウォールの移動中にラルは18歳の誕生日(といっても、正確には「拾われた日」だが)を迎え、研修中の身分も、二等兵として正式採用されて変化した。
 帰って来てから数日間、リハビリ的な訓練漬けの日があって、その後は次第に準スタメン的な使われ方をするようになり、出撃の感覚も段々短くなっていった。
 周囲の人間は、桜井が再び強制除隊という手段を執るかと思ってもいたが、彼はその件については特に動きを見せなかった。その後のラルの働きにそつがなかったこともあるが、桜井なりの計算に基づいた判断であった。
 「で、結局4回か?」
「正確にはニアミスは3回ですね、桜井さん。つまり、ラルが出撃してサキオン大尉が駆けつけたのが5回、実際に対戦したのが3回、です。」
 端末のモニターを見て、ホセが答える。
「完全に目を付けられてるな。」
「ですが、彼女はよくやってますよ。敵わないまでも、負傷がなくなってますからね。」
「サキオン大尉が手を抜いてんだろ。」
「そんな訳じゃないようですよ。……確かに、気迫が妙ですけどね。あの殺気は本気ですよ。」
「まあとにかく、これで傾向がはっきりしてきたんだ。……いや、こうなることは分かっていた。だが、逆に言えば、”ラルを出せば奴も出てくる”と法則性が立った方が、こちらとしても対処しやすい。少なくとも神出鬼没よりはな。だから、あいつを置いてるんだ。」
 と言って、桜井はヒルダに持ってこさせたパンをかじり、冷めたコーヒーで流し込む。朝食を食堂でとる時間のゆとりはなかった。
「……で、現場の不満はどうだ?」
「思った程じゃないですよ。そりゃあ、”ラルがいるとディーヴァが来る”訳ですけど、ほっといたって来るんですからねえ。それに、彼女への評価が日毎に上がってますから。」
 とホセが言うとおり、ラルは訓練を怠らず、一つの戦闘ごとによく学習し、日に日に動きが良く、無駄もなくなっていった。もともと利発で飲み込みがいい性質だし、肉体的な若さもあって、めざましいほどの伸びを見せ、少しずつ信頼されるフォワードに近づいていたのである。
「お前まで、あいつをおだてるなよ。」
「分かってますよ、それにしても来ませんねえ。」
 不意に、ノックの音がして、ユリアが入ってきた。
「おはようございます、桜井さん。」
「やあ、どうしましたヴァシレンカさん。」
「この間の話、どうなりました?……あら、ありがとうございます。」
 ホセが気を利かせて入れた、あまり美味そうでもないフリーズドライのコーヒーを受け取る。
「本部の方にも通しておきました。こちらからも、若干名ですが人を出しますよ。」
「感謝しますわ。……由々しき事態ですけれども、まだはっきりしていないことは外には発表できませんしね。」
 ユリアが言う「この間の話」の概要は、こうである。
 近頃、戦闘の現場ではない、いくつかの遺産指定施設から、爆発物が見つかっている。これは設置方法も玄人臭くはなく、時限装置もまだついていないか、あるいは作動設定がされていない。秘密裡に確認したところ、両軍の部隊共に、そのような爆発物は設置していない、との事だった。何処まで信用できるかは別として、両方とも「壊さないように」という条件については神経質になっているので、そのような行動を取る理由もない。双方共に、これは軍に関わる者の仕事ではない、と推測している。
 そうでなくとも、この惑星での戦闘行為・文化財の損傷に関わって、戦争反対の世論が大きくなっているときである。
 そして、もしそういった爆破が行われた場合、最も損害を被るのは、文化財損害保険のシェアNO.1のフェアチャイルド社である。その修復費用の大部分を支払うことになれば、大きな出費を強いられ、屋台骨を揺るがす事態となる。ユリアが伝えた本社筋の意向は、「被害が出る前に問題を収めて欲しい」ということであった。その為に、パトロールの要請をしたばかりであった。
 本来ならば、企業の論理で軍が動くのは不本意な面もあるが、「ワーカーズ」には日頃の恩もあるし、コーンウォール政府自体がフェアチャイルド社との関わりが深いため、無視できる事ではなかった。
 ユリアは何度も桜井に礼を言いながら、世間話をしていった。低いソファの上で何回も足を組み替えたり、真っ正面から桜井を見つめたりしている。個人的な感情を抱いているのが、露骨に分かる。鈍感な桜井も閉口していて、だから彼女がいる時には、必ず誰かを側に置き、用件が終わると自分の方から席を立つのであった。
「……モテるじゃないですか、桜井さん。」
 彼女が渋々帰った後、可笑しくてたまらないという風に、ホセが冷やかす。
「楽しんでるんじゃねえよ。……ところで、あいつは何回呼び出せば来るんだ!……ったく、だらしがねえなあ!」
 バツが悪そうにして、桜井は士官室を出た。

 「こらお前、いい加減にし……」
鍵のかからないラルの部屋のドアを、ノック代わりに蹴り開けて、桜井は一瞬言葉を無くした。
 午前8時、とっくに朝食を終えていなければならない時間に、ラルは長い髪を纏めたまま、寝汗をかいて熟睡していた。ショーツに申し訳程度にTシャツをかぶった姿で、長い足を惜しげもなく投げ出していたが、流石に跳ね起きた。
「……あっ。さ、桜井さん!」
「バカヤロー!!今何時だと思ってんだ!!」
敢えて、何という格好で寝てるんだ、とは言わなかったが、生活区中に響きわたる怒号だった。ラルは慌てて足もとを隠して、背筋を正す。
 屋外の戦闘に対応するため、各室のエアコンは切ってある。しかし、17年間寒冷なバイエルンで育ったラルには、7月下旬の暑さはこたえた。疲れても寝付かれず、朝には起きられない。そんな状態が続いていた。そこを急に飛び起きて、体中の血管が、激しい動悸を打っている。
「ったく、だらしないな!さっさと着替えて俺の部屋に来い!朝飯は無しだ!」
 呆れて言い捨てて部屋を出ようとすると、にやけた顔でマルクが立っている。
「何だ、、マルク。」
「へっへ〜。桜井さん、ラルの寝起き見たんでしょ。どんな格好でした〜?」
「……俺はガキには興味ない。お前も遊んでんじゃねえ。」
と言うと、桜井はマルクの襟首を掴んだまま、シューティングレンジ前まで引きずって行った。

 「さ、先程は申し訳ありませんでした!」
とるものもとりあえず、服装を整えたラルが、士官室の前で挨拶する。
 整っているのは服装だけで、寝汗のせいで前髪に寝癖がついたままである。流石にそこまでは直す時間がなかったと見える。もっとも、年相応に身なりに気を使うということもない娘なのだが。
「全く、お前みたいなだらしない奴に交付するのも嫌になってきたが……まあ、シフト上仕方がないな。受け取れ。」
 今朝も無愛想な桜井が、そっけなくラルに辞令を渡す。
 辞令所には、ラルの名前。その下には「軍曹に任ず」とある。現在がプライベート・PVT(二等兵)だから、一等兵・伍長と二階級飛ばしての昇進となる。
「……えっ……軍曹って……どういうことです?」
「勘違いするなよ、別にお前の働きがいい訳じゃない。箔を付けとかないと、出向しても仕事にならないからな。」
「出向?新しい任務って、そのことなんですか?」
「そう。お前、第3方面隊の正規軍に出向な。」
「え、ええええ〜?!!」
「そんなに難しい仕事じゃない、斥候だ斥候。パトロール。本部が、ウチからも頭数出せっていうからな。ただ、一応階級がないと、正規軍の若いのをまとめられないだろ。どうせ便宜的なもんだ、気にするな。」
 一方的に説明されて、今だ寝起きのラルの頭が必死に回転し、展開に付いていこうとしている。
 桜井は構わずに、先刻のユリアの用件をかいつまんで説明した。
「……つまり、不審な破壊工作の形跡があるかどうかをパトロールする仕事だ。とか言って、正規軍のぺーぺーの教育も押しつけたいみたいだけどな。」
「そ、そんな。無理ですよ。」
「心配するな、こっちだってお前一人でやったんじゃ恥をかくからな。涙を呑んでホセを付けてやるよ。いい機会だから、危険物の処理について、ホセに引っ付いて叩き込んでもらえ。」
 一人ではない、と聞いてラルは漸く安堵した。
「もう、それを早く言って下さいよ。……ところで、何処の誰がわざわざ戦闘中の地域に爆弾仕掛けたりするんです。せめてアタリくらいないんですか?」
「アタリはある。……施設が壊れれば得をする連中だ。」
「え?」
「そもそも、こういう場所での戦闘行為に対して、面白く思わない人種も多いわけだ。」
「そうですね、ニュースなんかで散々叩かれてますから。……そっか、じゃあ。あちこち壊れたら、”もうやめろ”っていう世論が激しくなって。そういう公益団体もあるし。」
「そう、で、公益団体ほど表向きじゃないグループがある。体よく言えば思想団体。」
「まさか!……テロリストみたいなことをしてまで、戦争反対する連中なんて……?」
「まあ、証拠はないが、いるんだよそういうのが。偏った平和主義者だな、いわば。」
「多分PWAかと見られてるんですよ。」
と、ホセがまとめに入る。
「PWA?」
「Peaceful World Asocciationの略だそうです。まあ、似たような前科がある、っていうだけですけど。」
「民間人なんでしょ、それ?」
「そうです、民間人有志。……で、あまり活動が大規模になると、ワーカーズで処理しきれなくなります。もとより、大きくアピールしたいわけでしょう、彼らは。」
「はあ……世の中は広いな、なんか。……そうすると、連中は、これから戦闘になりそうな場所にトラップを付けて置いて、戦闘に入ったら、ドサクサで作動させるつもりなんですか?」
 桜井が、ラルにもコーヒーを出してやって、相槌を打った。
「推測の域を出ないが、可能性があるな。」
「でも、余りにも効率が悪いんじゃないでしょうか?……あたし達だって、いつも施設の中で戦闘やる訳じゃない、よけられるときは避けてやるじゃないですか。……あ。」
「そうだ。……情報を流してる奴がいるかもしれない。それは、うちかウェールズかは分からんがな。」
 話をそこまで聞くと、大体の任務が飲み込めた。出来ることなら、その内偵活動も行えという訳だ。任務了解しました、と言って、ラルは今日の朝食であるコーヒーを飲み干す。いい具合に体が目覚め、胃腸も動き出してきたので、ホセがすすめてくれたクッキーも囓ってみる。すると、ふと立ち上がって、
「桜井さん、内部状況の外堀は埋めて行ってくれますよね。」
「ああ、そりゃ当然やるさ。」
「……ちょっとツテがあるんですけど、リサーチ頼んでおいていいですか?」
「あるのか?そんなの。……まあ、任せる。」
「桜井さん、”ジン”って情報屋知ってます?」
「な、何でお前がそんな奴の名前知ってるんだ?」
 珍しく、桜井が驚いた表情を素直に見せた。
「そりゃあ、俺だって警察にいたんだ、知ってるよ。……しかし、アレに接触できる奴なんて、そうはいなかったぞ。」
「じゃあ、ちょっと聞いてみます。……あたしもあいつの姿は見たことないですけど、バイエルンの住人なんです。で、蛇の道は蛇だし。……あ、端末借りますよ。」
 ラルは慣れた手つきで端末をいじり、バイエルンのエドを呼び出した。目の前30p四方の水蒸気が一瞬に凝縮してモニターになる。いわば画面つきの電話だ。
「あ、エド?……突然で悪いんだけど、で、更にタダで頼むからもっと悪いんだけど、”ジン”のさあ、アクセスパスワード教えてくれないかなあ?」
『なんだあお前?!急に電話してきて、ふざけるなよ。いいか、あいつのパスワードは日に3回変化するんだ、普通なら30万はいただくネタだぞ〜!!』
 呆気に取られながら、初老の男とのやり取りを聞いていて、桜井は昔の記憶を紐解いた。確かに、”ジン”へのアクセスパスワードは時々刻々変化する、と聞いたことがある。
「へへへ、”普通なら”でしょ?」
『仕方ねえなあ。』
「よろしくね。あ、あたし当分ここいないから。桜井さん、って人に流してあげて。そう、この端末。……また電話するから。じゃあね。」
『……まったく、たまに電話してくるとこれだ。ローンもしっかり払えよ!』
 と言うと、通信は切れた。短いやり取りだが、交渉は成立したようだ。
「……ラルさんって、凄いところに顔が利くんだな。」
ホセはただただ感心している。
「どういう関係の人なんだ?」
と尋ねる桜井に、ラルは一言
「説明は面倒臭いな。えーと、血よりも濃い他人です。」
と、ますます人を混乱させるような返答をした。

 ラルとホセが派遣された第三方面隊のベースキャンプは、これまでいた場所よりも相当東側になる。このエリアには、ヨーロッパ系統の施設が多い第二方面隊に対して、東洋の遺跡・遺構が多い。育ったバイエルンも、中欧的な雰囲気だったので、ラルの目には何もかも新鮮だった。崖一面の彫刻、仏教寺院、屋根の沢山付いた塔。車窓からいくら眺めても飽きることがない。
 そんな時のラルの表情は、まるで純朴な高校生のようだ、とホセは思った。もっとも、彼女の年齢はまだ18になったばかり、りっぱに学生の年代なのだ、と思い直して、われながら可笑しくなる。何を教えても吸収の早いラルは、きっと純粋に知識欲や驚きが豊かな性質なのだろう。これまで、バイエルンという特殊な世界しか見てこなかったことを思えば、むしろ普通の18歳よりも幼い面が多いかもしれない。ある意味、子供なのだ。そう考えれば、桜井の心配が絶えないのももっともなことだと思えてくる。

 その日の夕食後のミーティングで、隊員達に二人が紹介された。
 隊員の年齢構成は、比較的若い。そうでなければ、桜井もラルを派遣したりはしないかもしれない。皆、着ている者も統一されて、顔付きも傭兵連中とは何処か違う。ぱりっとしている気もするし、同時に頼りなさげな感じもする。「傭兵」というものを眺める表情に、心情が滲んでいる。
 歓迎されている風ではない。それは分かっていた。
 それよりも、若い女性が傭兵を勤めている、という事実への好奇の方が強いようだった。この手の視線には慣れているので、特に何とも思わない。
 パトロール隊の編成が読み上げられ、解散になった。隊員達はずっとこちらを見ているが、さすがに第二方面隊の傭兵どものように、馴れ馴れしく囲んでくるような連中もいなかった。と思っていると、
「あ、あのあのあのっ!軍曹!」
「え、あたし?」
 と振り向くと、伍長のバッジを付けた、アフリカンの少年がびしっ、と敬礼をして
「自分は、ソト・ベルタン伍長です!明日からの斥候任務で、副官を務めさせていただきます!あのラル・クライン軍曹の下で働けて、光栄であります!よろしくお願いします!」
 決して嫌味でも何でもない。少年(といっても、多分ラルと同い年くらいに見える)は、満面に紅潮し、分かりやすい喜びをたたえている。
「あ……いや、こちらこそ不慣れなのでよろしく。」
 と、とりあえず敬礼をしてみる。なにせ、昨日まで基地で一番ぺーぺーだったのが、今日から上司と言われても困るのだ。
「ホセ……ところであたし、いつの間に”あの”って付く人になったんだっけ?」
 敬礼したままで、小声で囁くと、ホセは知らなかったんですか、と言って微笑んだ。