第一回 北魏:羹ニ懲リテ膾ヲ吹ク

原典:「斉民要術」(せいみんようじゅつ)

全十巻。南北朝:北魏の賈思[思](注1)の著。
六世紀前半に成立。現存する中国最古の農業書にして作物加工書・畜産書。
九巻までは著者の住んだ華北の物産、第十巻で華北以外の物産を取り上げ、主要農作物である粟の耕作技術をはじめとして、野菜・果樹・桑・麻の栽培法、家畜の飼育法や注意すべき病気、酒類の醸造法・農作物の保存法など、営農に実際に即して詳しく述べられている。古書からの引用も豊富で、今日では散逸した古代の営農書は、本書に引用された逸文によってわずかにその内容をうかがうことが出来る。
作物加工の一環として調味料類の作り方・材料を生かした料理法などにも言及されているため、「中国最古の料理書」とも言われる。

<主な和訳> 能代幸雄・西山武一「斉民要術」(農林省農業総合研究所)


<著者>
賈思[思](かしきょう)(?〜?)

斉郡・益都の人。北魏に仕えて高陽(現在の山東省益都付近)の太守となったという記事以外の経歴及び生没年は不詳。
「実際に羊二百頭あまりを飼った経験がある」という記述が見られる。
<料理1> 猪蹄酸羹(豚足の酸っぱいあつもの)

・豚足 三具(=三頭分=12本)
・鼓汁 (豆鼓をすったもの)
・醤   (中国黒酢)
・塩
・葱頭  (万能ネギ)

「羹(あつもの)」

肉と野菜を入れて煮た吸い物。汁気のある、こってり系煮物の総称である。
「羊(丸煮した子羊)」+「美(美味しい)」を合わせた会意文字。
「美」という字にも入っている通り、「羊」は美味の代表だった。


「猪」→中国では「猪」のほかに「豚」を意味する。

<料理2> 膾魚(魚のなます)

・魚
【八和斎(つけだれ)】1リットル分
・ニンニク14個(生のものとゆでたもの)・しょうが・橘(陳皮)・白梅8個(梅干)・栗14個・ご飯(鶏卵大)・塩・醤(酢)

「膾(なます)」

日本では、大根やニンジンなどを切って酢で和えたものを指すが、中国では生の魚肉・獣肉を細く切って、彩りよく取り合わせたものを意味する。

孔子は膾が大好物で、「論語」の中でも「膾は細きを厭わず(膾は細く切ってあるほど美味しい)」という言葉を残している。しかし晩年、可愛がっていた弟子の子路が殺され、しかも「死体をなます切りにする」という刑罰を受けたことを深く悲しみ、それ以降膾を口にしなくなったと言われる。
一般にもよく好まれたため、「膾炙(なますと炙=あぶり肉のように人々の口にのぼってもてはやされる)」という言葉が出来た。
故事成語 「羹に懲りて膾を吹く」

熱いあつものをすすって口をやけどしたのに懲りて、冷たい膾をも息を吹きかけて冷まそうとしてしまうこと。一杯の失敗に懲りて、あまりに用心深くなりすぎることのたとえ。
「楚辞」より。
いきなりハイテンションで登場する金シェフ。
「ニーハオ、古今東西知らざることなき天才料理人・金萬福です。中国、それはグルメの国にして文字の国。はるか昔から料理について詳しく書かれた本がたくさんあるんです。これからそのレシピにしたがって、時を越えて当時の料理を再現しますよー!」
勿論グラハム・カー声の吹き替えです。

「今日は『斉民要術』にあるレシピに従って、再現した料理をもとに羹に懲りて膾を吹いてみましょう!
もはやこのコンセプトだけでいきなりお腹一杯です。故事成語やことわざをそのまんまイジるというネタ、私大好きですから。
「では時を越えて料理の再現、始まり始まり〜!」と言いながら、自分でドラを鳴らし(注2)、調理開始です。
最初に「猪蹄酸羹(豚足の酸っぱいあつもの)」から。

1.豚足は洗って、柔らかくなるまで土鍋で茹でます。
2・茹で上がった豚足を洗いながら、大きな骨を抜きます。
3・豚側を再び鍋に戻し、調味料を入れ、ぶつ切りにした万能ネギを入れて蓋をし、じっくり煮ます。


煮るのはいいのですが、さて普通の中華なべでいいのだろうか?
さあ、ここで心強い相棒の登場です。
「煮るのはこの中華なべでいいの?李ーーーさーーん!」

と大声で呼ぶと突如画面が切り替わり、軽快な中国ミュージックに乗って李さんが登場します。
李さん「ダテに年はとってません」というテロップどおり、何でも知ってる李さんがアドバイスをくれます。

「この時代、まだ鉄の鍋や釜は普及しとらんかったんや。せやからみんな土鍋つこて、コトコト煮るような料理が中心やったんやて。」
なぜかコテコテの関西弁です。以後すべて、名詞などもすべて関西イントネーションで読んでください。
ちなみに冒頭で文献の説明をしてくれるのも李さんです。

金シェフ、調味料を確認します。レシピには「苦酒」とありますが現代では耳慣れないものです
「苦酒ってなーに?李ーーさーーーん!」

「苦酒ゆうのは、黒酢のことや。」

「ソウか〜、ニガサケっテ、クロスのことカ〜」


何でそこでいきなり日本語ですか、金シェフ。さっきも豚足を洗いながら「アチチ」と連発してたし、何か怪しいですね。

それにすり潰した豆鼓・塩を入れて、しばし煮込みます。
さて、その間に魚の膾を作ります。
レシピには「魚」としかありません。

「李ーさーーん、魚って、何を使えばいいの?」

「特に書いてへんけど〜、"諸魚の長"が、ええんちゃう?

という李さんの一声で、スタジオに蓋をされたタライが運ばれてきました。
金さん、カメラに向かって数回「ちゃんと撮ってね〜」と確認します。(日本語で)
「ジャ〜ン!」口で言いながら開けると、そこにはまだ生きた立派な鯉がいました。「諸魚の長」とは鯉のこと(注3)でした。
縁起がいい魚とされた上に栄養価も高いし、日本でもあらいなどで生食されてますから、これは納得と言うことでしょうか。

さあ金さん、早速調理開始です。
ふきんや手を使って鯉の目のあたりを抑え、動きを封じます。
このあたり、さらしで目隠しして巨鯉をゲットした三平くんを思い出してしまいますね。あのときの魚紳さんと同様に目が点です。(注4

すると金さん、いつの間にか手にしていた綿棒を、正確に鯉の眉間(眉はないけど)に振り下ろしてジャストミート。
「コッ」という小気味いい音と共に、鯉は口をぽかっと開けて昇天しました。
この場面は第一回の最大の見せ場と言っていいでしょう。
とぼけた顔して一回で決める、金さんのヒットマンぶりもCOOLです。「仕掛けて仕損じなし」という感じでした。

さっさと三枚にさばき、まな板の上で刻んでいきます。
「膾は細きを厭わず」と言いながら作業してる割に、均一とはいえない太さです。神田川先生が見たら怒るかもしれませんがノープロブレム。

笹の葉に膾を盛り付け、次につけだれを作ります。
八種類の材料で作るので「八和斉」という名前がついています。
この材料の中に「醤」とあるのですが、具体的に何をさすのか、これも李さんに尋ねます。
「この時代に、醤油いうんはなかったんやね。この時代、醤いうのは酢のことや。橘は陳皮・白梅は梅干や」
と、竹村健一のように語る李さん。本当に何でも知っておられます。
用意された小さな石のすり鉢に材料を入れ、突きながら滑らかにしていくのですが、金さん、5回ほど突いた所で「疲れちゃった〜、もうこれは科学の力に頼っちゃいましょう」といきなりフードプロセッサーを持ち出して処理します。あっという間に科学の力でタレが完成しました。
この人には「根気」というものはないのでしょうか。注5

出来上がった八和斉には、ゆでたニンニク・生のニンニクが結構入ってるので辛口です。
ちょっと味見した金さん、

「かっらーイ!!カラいケド、コレ、おいシイですヨ!」

さっきから気になってるんですが、この人は何で感極まったりとっさの時に日本語が出るんでしょうか。デーブ・スペクターにも似た疑惑注6)を覚えてしまいます。

さあ、膾をこしらえているうちに羹も煮えました。

「これで羹と魚の膾、1500年の時を越えてここに復活〜〜!ジョワワ〜〜ン」勿論ドラは自分で打つ注7)のです。

出来上がった料理をいただきます。
「世界の料理ショー」ではグラハム・カーが観客から1人お姉ちゃんを引っ張り上げて一緒に食べるのですが、ここでは金さんが1人で食べます。(注8

「さあそれではことわざどおりに、羹に懲りて膾を吹いてみましょうね〜〜」
ことわざでは、別に最初から吹こうと思って吹くわけではないんですが。
最初は羹から。れんげで掬ってすすり、「あっつ〜〜イ!アツ、アツイよ〜〜!」例によって日本語で悶絶注9)します。
「アツいけど、コレ、美味シイです、いけますヨ、これは。アツツツ」と言いながら食べて、
「次は膾です。フーー、フーー」と、故事成語どおりに息を吹きかけて冷ましてから膾を食べます。これも辛いタレが鯉の野性味にマッチして美味しいとのこと。
見事に料理を再現した上に、故事成語まで実況した金さんを、切り替わった画面で大観衆(多分大躍進大会か何かのスタンディングオベーションの映像。アリモノ。)が惜しみなく金さんの偉業を褒め称えるのでした。

<シメのナレーション>

締めくくりのナレーションでは、料理番組らしくレシピのまとめが流れます。
しかしなにぶん古い上にレシピが主眼の本ではないので、分量は書いてないあたりがこの番組ならではです。
「さあ、このレシピであなたも今晩、羹に懲りて膾を吹いてみませんか?」注10)というナレーションが良すぎ。


注1:本当は「」がへん・「思」がつくりになった一文字なのだがWeb上で表示できないためこのような表示とした。
注2:全4回を通じて、自分でドラを鳴らすのはデフォルト。
注3:「神農経」に「鯉為魚王」という表現がある。
注4:「釣りキチ三平」「三日月湖の野鯉」で、だれに教えられるでもなく三平くんが「鯉のだきとり」法を考案し披露するというエピソードを参照。
注5後の回をみてもらえば分かるんですが、どうやらないみたいです。
注6:埼玉在住アメリカ人とは偽りで、実は外人顔で外人なまりの埼玉県人なのではないかという疑惑。ダニエル・カールあたりにも互換可能。
注7:これもデフォルト。
注8李さんをひっぱり上げて一緒に食べるなんてのも絵的にはいいと思うんですが。
注9:第一回にして、何かこのことについてつっこんではいけないような気すらしてきました。
注10いや、「みませんか?」って言われてもなー。


ばかばかしいコンセプトといい、鯉の死に様をはじめとする画面の強烈さといい、さすが第一回にふさわしいインパクトです。全4回を通じてもっとも好きな回です。