第二回 文人ハ清供(あっさり)ヲ好ム

原典:「山家清供」(さんかせいきょう)
南宋の林洪著。南宋末、1266年頃に書かれた。
山居生活に憧れる著者が、その理想の一表現として著した書で、調理製法の紹介が主目的ではない。扱われている料理は全103種。材料・調理方法が記載され、唐代の書物などを引用し、優れた随筆でもある。茶についての記述もある。

この本のレシピの特色は「素食」の充実。
「素食」は「質素な食事」という意味ではなく、精進料理をルーツにして菜食を主体にし、味付けもあっさり目のメニュー。山家風の素朴な味わいと共に、自然の食材による健康増進の効用についても書き記してあり、後の「薬膳」の概念の先駆となるものでもあった。

女真族の王朝・金に国土の北半分を征服され、杭州への遷都を余儀なくされた南宋では、江南の文化が発達した。料理の味付けも北の地方に比べれば淡白で、また小麦粉を練って焼いた「餅」に代わり「麺」の食文化が発達した。


主な和訳: 「中国の食譜」中村喬:編訳 平凡社東洋文庫(1995年)
(「山家清供」の中にあるレシピも抄録の形で紹介されている)
*金飯(菊の花ご飯)*
・玄米
・食用菊(黄色のもの)
・甘草
・硝石(硝酸カリウム)

*山家三脆麺(さっくり山の幸麺)*
・麺
・たけのこ水煮
・生しいたけ
・クコの芽(ヘンツァイで代用)
・豆味噌
・鶏スープ

林洪

字は龍発、号は可山。
福建省泉州生まれで、杭州に学んだ詩人。
山居生活に憧れて「山家清供」などを著したが、実際に山居したわけではないらしい。

この料理で言う「脆」とは、「もろい」の意ではなく、「さっくり」「シャキシャキ」という食感の意。
冒頭、座って何やら筆で書いている金さん。
書きあがった半紙を持ち上げると、そこにはあまり上手でない字で「南宋」と書いてある。
「読める?」と金さん。そこでひとしきり李さんによる「山家清供」の紹介。扱っている料理がとにかくヘルシー・シンプルというのは、上に書いたとおり。

最初に金飯から。「私にぴっタリのメニューですね」と嬉しそうな金さんは、食材の菊を耳元に飾ったりして大はしゃぎの模様。
金飯で使用するのは黄色の食用菊。文献の中では「目の働きを良くする」という効用が記されている。
中国で縁起のよい花として知られる菊の花は現在でも薬膳によく用いられ、老化防止の薬効があるとされています。
「菊は中国では長寿の象徴。生でも食べられます」と花びらを口に入れ「これで寿命延びたかな?……一時間くらいね!(場内爆笑(の声))」のくだりは、まさに中華風グラハム・カー。

中華鍋には既に甘草を煮出したスープが張ってあり、そこに硝石を少々入れます。これは菊の花の黄色をきれいに発色させるためのもの。
(といっても普通に家庭にあるものではないので…食用菊の色出しには酢を少々入れる方法が一般的なので、これで代用してみては?)
土鍋にはすでに玄米ご飯が炊けてます(その炊き方について説明しなくていいのか?という気もしますが…)。玄米というのもいかにも健康志向を感じさせます。
土鍋のふたを開け、先ほどの甘草スープでさっと湯がいた菊の花を散らし、また蓋をして蒸らせば出来上がり。
「天才シェフ・金萬福の手を煩わせるまでも、なかったデスねー。」
「あんまり簡単なので、もう一品作っちゃいまショうかねー!」金さんやる気まんまんです。

次は山家三脆麺。
まずは麺についての李さんのレクチャーを受けましょう。

李さん「南宋ゆうたら、麺が大ブレイクした時代やったんやで。種類も麺棒で伸ばすもんから手ぇで伸ばすもんまで色々やった。太さも幅広のもんから絹糸のように細いのまで様々あったんやけど、細いものほど最新流行って感じやった。」
金さん「じゃあ、時代の最先端を行く金萬福としてはやっぱり、極細麺で行ってみましょうかねーー!」
と威勢良く、用意された麺のタネを伸ばします。華麗なる手延べ麺の技が見られるか?という淡い期待はあっさり砕かれます。
金さん「デモ、考えてみたら、ワタシ、麺打ったことナイよー」
と呟き、あっという間に折角のタネを、ぶつ切りのロープのようにおじゃんにしてしまい、さっさと挫折。
「あ〜〜、ヤッパ、だめデスね〜。ボク、できないや
子供かよ、アンタって人は
「ワタシ、友達呼ぶよ。孫さーん!」と叫ぶと、左奥からもう一人のシェフが現れます。
「麺の鉄人、孫さんです。孫さん、お願いします。」と言われた彼、にこやかながら黙々と麺を打ち始めます。
これは見事な手延べの技です。タネがあっという間に縒りながら伸ばされ、折られ、また伸ばされ…を繰り返して、太目のラーメン程度の太さになります。
太さも均一で、とても美しい麺です。ラーメンのようにかん水がそんなに入っていなくて真っ白。多分食感含めて細いうどんのような感じなのでしょう。
「ありがとうーー!孫さんでしたーー!」
スタッフの拍手と共に退場する孫さん……って、一言もセリフなしですかーー!
いや、セリフどころか紹介のテロップすらないってどうなのよNHK。
一応ここでは「孫さん」って書いたけど、金さんの発音だけじゃ孫さんか曾さんか荘さんかわかんないし。
普通名前と店くらい書くと思うんだけど。不憫なり孫(仮)さん。

若筍水煮は適当な大きさに乱切りにし、椎茸は石突を取って一個のまんまで使います。豪快です。
金さん「え〜っと、次はクコの実だっけ?」
赤いクコの実が用意されているのですが、ここで李さん登場。

李さん「ちょっ、ちょっと待ってや金さん。クコの実ぃやのうて、クコの菜ーて書いてはる。つまり、クコの木の芽ぇのことやで」
金さん「え〜〜、クコの芽?そんなの売ってないよ〜〜〜。李〜さん、何か適当に、山のもので、代わりになるようなもの買ってきてよ〜〜」

金さん人(正確には兵馬俑)使い荒いです。まるでのび太です。それに負けずに、3秒と間をおかずに竹ざるに載った菜っ葉が出てきます。

李さん「へい、お待た。

李さん、仕事がめっちゃ迅速です。
金さんも「おお、早いネー」といって受け取ったのはヘンツァイ。「うん、山のものだし、イイんじゃな〜い?」と満足。まず筍を炒めます。
金さん燃えよタケノコ〜と叫びながら中華鍋を振り、椎茸・ヘンツァイも入れて炒めます。

金さん「李〜さ〜ん、今更だけど、味付けはどうするんだっけ〜〜?」

こりゃまたすごい今更です。
私はこれまで、「中華料理は手際が命だから、調味料は揃えて、合わせ調味料はあらかじめ合わせておくこと」が基本だと思ってたんですが、それを料理番組で打ち砕かれるとは思ってもいませんでした。
そして李さんが答えます。

書いてへん。

ものすごい飛距離で料理番組の枠を飛び越えたような気がします。

李さん「けどー、この時期まだ中国には醤油があらへんかったから、味付けは『醤(ジャン)』、つまり味噌がよう使われとったんやて。」
金さん「おいおい、醤っていったって、中国にはたくさん醤があるんだぜ〜?」
李さん「この時代の醤は今みたいな複雑な味やのうて、豆と麹と塩を発酵させて作った素朴なもんやった。むしろ日本の豆味噌によう似とったそうや。」
それならばということで、豆味噌を使うことに。ここで金さんが言うとおり、中国には現存しない「豆味噌のあっさり醤」が、日本の豆味噌として存続しているのは本当に面白いですね。
第一回での「醤」は黒酢のことだったし、時代を追って同じ言葉でもその指示するものが違うあたり、さすが四千年の歴史を感じます。
味噌を入れて軽く炒め、スープを入れて味噌をのばしながら汁を仕上げます。
金さんが火を入れながら「ファイアーー!」と叫ぶと、何故か画面が一面の炎に包まれます。その間2秒ほど。こういった無意味な演出もこの番組の味です。
先ほどの麺をゆでたものを入れて軽く絡め、こしょうで味を調えて出来上がり。
見た目はまるっきり「あっさり目の味噌煮込みうどん」です。

金さん「それでは金飯と山家三脆麺、750年の時を越えて今ここにふっかーつ!!(ジョワワーーーン)」自分でドラを鳴らします

「さあ、一人だけですけどハイテンションで試食をしていきますよー!」と、皆分かってることを一応念押しする金さん。っていうかやっぱり李さんは試食してないんですね。
山家三脆麺の感想はやはり、見た目どおり「まるで日本料理みたい。でも美味しい」。金飯は「ん〜〜〜、ボク幸せ。これでお目目がパッチリクッキリ」と、しみじみ味わってました。
金さん「これであなたも文人気分間違いなし!」

この回、料理もそうなんですが全体にアッサリ目でしたね。

最後のレシピ紹介での「何しろ昔の文人が書いた本なので、詳しいレシピは書いてませーーん」というアバウトな説明がたまりません。